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1.歴史
1.2.東宝争議とその後の混乱
1946年から1950年にかけて、経営者と労組の対立が激化し、1948年8月には撮影所を占拠した組合員に対し武装警官や占領軍の戦車や飛行機まで出動するまでに至る。世に言う東宝争議であり「来なかったのは軍艦だけだ」と形容された。この間、大河内伝次郎、長谷川一夫、入江たか子、山田五十鈴、藤田進、黒川弥太郎、原節子、高峰秀子、山根寿子、花井蘭子の十大スターが結成した十人の旗の会と反左翼の渡辺邦男をはじめとする有名監督の大半は第三組合によって設立された新東宝で活動をすることになる。そのため東宝は再建不能といわれ、映画制作は新東宝に任せ、東宝は配給部門のみ受け持つ方針が真剣に協議されたこともあった。
大スターや大監督がごっそり辞めたことで入社したての三船敏郎らがすぐに主役として抜擢され、若い監督も活躍の場を得やすい状況になった。残留組イコール左翼的という単純な色分けはできないが、共産党員の多くは放逐され、新東宝はまもなく東宝と絶縁して独立会社となったため、比較的リベラルだが政治には深入りしなかった人材が多く残ることになる。新東宝は経営がすぐに悪化し(1961年倒産)市川崑ら一部は東宝に復帰する。
(出典:Wikipedia)
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