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14.逸話
結核、特に肺結核は労咳と呼ばれ、古くから日本に多く見られる病気のひとつであった。特に明治期には国民病といわれるまでに罹患者の多い疾病であったため、近代以降の文化史に強い影響を与えている。当時はほとんど打つ手のない死病であり、この病によって若くして命を落とす人が少なくなかったこと、また喀血症状が古くからの「血を吐くまで(恋や悩みに)苦しむ」という言いまわしに重ね合わされて捉えられたことなどから、小説や映画の中では薄倖の才子佳人に特有の病気として悲劇的に描かれることが多かった。
集団生活が基本であり、集団感染の危険が高い陸海軍でもこの病気には非常に気を使い、徴兵検査では特に厳重な胸部検査をし、さらに陸軍士官学校などでは度々ツベルクリン反応検査をしたり寝台は頭と足の向きを交互にするなどして対応していた。また兵役中に結核を発症した場合、「軍隊で結核にかかった」などの悪評が広がる事を防ぐため、肺浸潤や肋膜炎などのぼかした表現が使用された。
死亡率が高かった頃は、病名「結核」はあまりにも直接的で人々の口に出しづらかった。このため学名の tuberculosis から、医師らはカルテに "TB" と記すことが多く、またドイツ語読みが原則であったため「テーベー」と言い習わした。ここから出発して一般人も「テーベー」と呼ぶことが多かった。現在でも医師同士の会話などでは「テーベー」と呼ぶこともあり、また略号としての "TB" もしばしば使われる。
- 新選組の沖田総司は肺結核のために病死した。このため幕末ものの小説や映画では彼を悲劇の天才剣士として描くことが多い。沖田が池田屋事件で大喀血を引起こしながら大立回りを続ける場面は新選組もののハイライトのひとつである。但し池田屋事件当時、同じく隊士であった永倉新八の新選組顛末記によると沖田が喀血したとは書かれておらず、昏倒した事だけが書かれている事から、喀血した話は子母澤寛の『新選組始末記』での創作という説もあり、真相は不明である。
- 正岡子規は結核を病み、喀血後、血を吐くまで鳴きつづけるというホトトギスに自らをなぞらえて子規(漢語でホトトギスの意)という号をもっぱら用いた。
- 結核に「悲劇の病」というイメージを与えるに決定的であったのは、徳富蘆花の代表作『不如帰』であろう。美貌のヒロイン浪子が武男を慕いながらも、家の体面や運命によって愛を引き裂かれ、哀れにその生涯を終える物語は、映画や新派劇などで繰返し上演され、肺結核の文化史的イメージをつくりあげた。
- 堀辰雄の『菜穂子』はサナトリウムにおける末期患者を主人公にしたもので、『不如帰』とはまた別趣の、静謐な悲劇的イメージによって結核を描いている。薄倖の可憐な少女が死の影におびえながら生を養う、というサナトリウムの通俗的観念が成立するにあたって大きな影響を与えた作品である。ちなみに堀自身も結核で長い病床生活を送り、病死している。
- トーマス・マンの『魔の山』は結核患者のための高原サナトリウムを舞台にした壮大な対話による小説で、閉鎖空間としてのサナトリウムを哲学的に描いた大作である。また健全な美と不健全な美に同時にあこがれるマンの文学において、結核患者たちは不健全な美の体現者としても描かれており、日本の結核文学との捉え方の相違に特徴がある。
- その他、結核で命を落とした歴史上の人物は数知れない。これは結核が文字通り「不治の病」であり、広く伝染しうるものであったことを示すものである。実例を挙げると、
- ペルゴレージ:18世紀のイタリアの作曲家。1710年 - 1736年。
- ブラウン:18・19世紀のアメリカの作家。1771年 - 1810年。
- ショパン:19世紀前半の作曲家。1810年 - 1849年。なお、彼の妹エミリアも結核によって死亡している。
- ナポレオン2世:ローマ王。1811年 - 1832年。
- 高杉晋作:長州藩出身の幕末の志士。1839年 - 1867年。
- モレル:イギリスの鉄道技師。1841年 - 1871年。
- 沖田総司:新撰組隊士。1842年(1844年) - 1868年。
- 陸奥宗光:明治時代の政治家、外交官。下関条約締結時の日本全権。1844年 - 1897年。
- ロット:19世紀のオーストリアの作曲家。1858年 - 1884年。
- スーラ:19世紀のフランスの画家。1859年 - 1891年。
- アレンスキー:19世紀のロシアの作曲家。1861年 - 1906年。
- カリンニコフ:19世紀のロシアの作曲家。1866年 - 1901年。
- 高山樗牛:明治時代の文芸評論家。1871年 - 1902年。
- 国木田独歩:明治時代の作家。1871年 - 1908年。
- 樋口一葉:明治時代の作家。1872年 - 1896年。
- ビアズリー:19世紀のイギリスの画家。1872年 - 1898年。
- 滝廉太郎:明治時代の作曲家。1879年 - 1903年。
- 長塚節:明治・大正時代の歌人。1879年 - 1915年。
- 石川啄木:明治時代の歌人・詩人。1886年 - 1912年。
- 梶井基次郎:昭和初期の作家。1901年 - 1932年。
- 秩父宮雍仁親王:大正天皇の第二皇子。1902年 - 1953年
- 新美南吉:昭和時代の児童文学作家。1913年 - 1943年。
- 高野公男:作詞家。1930年 - 1956年。
(出典:Wikipedia)