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2.お家騒動
2.3.船橋騒動
背景
2代藩主信枚の側室・辰姫は藩の飛び領地上野国大舘で暮らしており、3代藩主となる信義も大舘で産まれ育った。その時乳母となったのが旧宇喜多秀家家臣・船橋半左衛門の妻である。
元和9年(1623年)に辰姫が死去したため信義は江戸弘前藩邸に引き取られ、信枚の死後寛永8年(1631年)に13歳で藩主となった。それに伴い信義が幼少の頃から近侍していた船橋半左衛門親子の権力がにわかに強力となる。藩内では元々古参の譜代家臣と新参者の家臣の間に対立が生じており、これを契機に新参家臣らが船橋半左衛門に集まって対立は決定的となった。
(出典:Wikipedia)