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5.歴史
5.3.大八廻り
元々は、現在支線となっている辰野駅経由の別称「大八廻り」の方が本線だった。この部分については次のような話がある。
中央本線の敷設時、諏訪付近から名古屋までの路線を木曾谷を通すか伊那谷を通すかで論争となり、結局木曾谷側が勝ってこちらに線路を敷くことになった。しかし、これで納得しなかった伊那谷出身の代議士で鉄道局長の伊藤大八が、下諏訪から塩尻峠をトンネルで抜けて塩尻へ向かう案を撤回させて、伊那谷の入口である辰野を経由させるようにした。そのため、この辰野を通るための迂回部分は、伊藤大八の名前を取って「大八廻り」とも呼ばれることとなった。
ただし、当時の技術力では塩尻峠を貫く長いトンネルを掘れなかったので、塩尻峠を避けるために迂回させただけであるという説もある。実際、この区間にトンネルを開削すると約6kmの長さになり(1983年に開通した塩嶺トンネルは5,994m)、当時日本一の長さを誇っていた同線の笹子トンネル(長さ4,656m)を凌ぐものになる上、糸魚川静岡構造線を跨ぐ事から地盤も悪かったため、実現したとしていても開業が相当遅れていた可能性が高い。
(出典:Wikipedia)
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