ランキングモンスター
6.歴史
甲武鉄道の東京都心乗り入れに際して建設された市街線(しがいせん)に関東大震災後の復興事業での貨客分離および長距離列車と近郊電車との路線分離を行うために複々線化した上で列車線兼貨物線として開業したのが現行の中央線快速の始まりとされる。
御茶ノ水 - 中野で複々線が建設され、1932年(昭和7年)に完成した。計画当初は貨物輸送力の増強を図る目的であったが、複々線全線完成後一部時間帯に急行電車を運行させ、旅客輸送力の強化が図られた。また、この計画と同時に総武本線両国 - 御茶ノ水間についても高架鉄道として建設され、この結果東京始発のものをラッシュ時には急行電車として運転することとなり、各駅に停車する電車は一部の時間帯に総武本線へ乗り入れることとなった。
第二次大戦後、俗に言う「通勤五方面作戦」で中野以西の輸送力の増強を図ることになり、1966年(昭和41年)に中野 - 荻窪間の複々線化が完成し、中央緩行線の電車と営団地下鉄東西線(現・東京地下鉄東西線)乗り入れの電車がこの区間に運行されている。なお、1969年(昭和44年)には複々線区間が三鷹まで延長された。だがそれ以降計画はほとんど進まず、三鷹から立川間の複々線化がなされる気配はない。
なお、複々線化と列車運行とが軌を一にしないのは、いわゆる中電とも称される甲府方面の列車の多彩さ・煩雑さと、すでに1960年代までに沿線の都市化が進行していたためとされる。
- 1889年(明治22年)4月11日 甲武鉄道新宿 - 立川間開業。
- 1889年(明治22年)8月11日 立川 - 八王子間延伸開業。
- 1894年(明治27年)10月9日 牛込 - 新宿間延伸開業(市街線の開業)。
- 1895年(明治28年)4月3日 飯田町 - 牛込間延伸開業。
- 1904年(明治37年)8月21日 飯田町 - 中野間電化(直流600V)。
- 1904年(明治37年)12月31日 御茶ノ水 - 飯田町間延伸開業(電化)。
- 1901年(明治34年)8月1日 官設鉄道八王子 - 上野原間開業。
- 1902年(明治35年)6月1日 上野原 - 鳥沢間延伸開業。
- 1902年(明治35年)10月1日 鳥沢 - 大月間延伸開業。
- 1906年(明治39年)10月1日 甲武鉄道御茶ノ水 - 八王子間を買収・国有化し、八王子 - 篠ノ井間を鉄道に編入、これにより御茶ノ水 - 篠ノ井間が鉄道となる。
- 1908年(明治41年)4月19日 御茶ノ水 - 昌平橋間延伸開業(電化)。
- 1911年(明治44年)5月1日 宮ノ越 - 木曽福島間延伸開業(全通)。中央西線を編入し、昌平橋 - 名古屋間を中央本線に改称。
- 1912年(明治45年)4月1日 昌平橋 - 万世橋間延伸開業(電化)。
- 1919年(大正8年)1月25日 中野 - 吉祥寺間電化。
- 1919年(大正8年)3月1日 万世橋 - 東京間延伸開業。
- 1920年(大正9年)5月26日 国分寺 - 下河原間貨物支線開業(東京砂利鉄道の線路を譲受、1910年(明治43年)敷設)。
- 1922年(大正11年)11月20日 吉祥寺 - 国分寺間電化。
- 1927年(昭和2年)2月 東浅川駅が開業。
- 1927年(昭和2年)3月1日 代々木 - 信濃町間複々線化。
- 1928年(昭和3年)5月1日 新宿 - 中野間複々線化。
- 1928年(昭和3年)11月15日 飯田橋駅が開業。
- 1929年(昭和4年)3月10日 国分寺 - 国立間電化。
- 1929年(昭和4年)4月15日 飯田町 - 信濃町間複々線化。牛込駅(現・飯田橋駅東口付近)廃止。
- 1929年(昭和4年)6月16日 国立 - 立川間電化。
- 1930年(昭和5年)12月20日 立川 - 浅川(現在の高尾)間電化。
- 1931年(昭和6年)4月1日 浅川 - 甲府間電化。
- ただし、浅川以遠を結ぶ列車は電気機関車牽引の客車により運転される。
- 1932年(昭和7年)7月1日 御茶ノ水 - 飯田橋間複々線化。御茶ノ水駅改良工事完了。総武本線乗り入れ開始。
- 1933年(昭和8年)7月15日 長距離列車の東京方始発駅を飯田町駅から新宿駅に変更。
- 1933年(昭和8年)9月1日 朝夕ラッシュ時に限り列車線を使用して御茶ノ水 - 中野間で急行電車運行開始。
- 1934年(昭和9年)4月2日 国分寺 - 東京競馬場前間の支線開業(電化路線、国分寺 - 北府中間は国分寺 - 下河原間貨物支線と二重戸籍)。
- 1943年(昭和18年)11月1日 万世橋駅休止(事実上廃止)。
- 1944年(昭和19年)3月5日 急行電車の運行を休日にも拡大。
- 1944年(昭和19年)10月1日 国分寺 - 東京競馬場前間休止。
- 1946年(昭和21年)6月14日 東中野 - 大久保間のカーブ区間でドアより通勤客が放り出され死亡する事故が発生。鉄道事故も参照されたい。
- 1946年(昭和21年)6月17日 朝間上りに限り急行電車が四ツ谷駅を通過。
- 1947年(昭和22年)4月24日 国分寺 - 東京競馬場前間の支線の運行を再開。
- 1947年(昭和22年)5月5日 急行電車に婦人子供専用車を設定。
- 1949年(昭和24年)9月 二等車の連結を再開。
- 1951年(昭和26年)4月14日 三鷹 - 武蔵野競技場前間の支線開業(ただし不定期列車のみ運転)。
- 1951年(昭和26年)9月17日 急行電車の朝間上りの四ツ谷駅通過措置を終了。
- 1956年(昭和31年)9月1日 国分寺 - 下河原間貨物支線の起点を北府中に変更、これにより国分寺 - 東京競馬場前間の支線との二重戸籍が解消。
- 1957年(昭和32年) 急行電車に101系が導入を開始。二等車の設定を廃止し、代わって老幼優先車が設定される(1958年に廃止)。
- 1959年(昭和34年)11月1日 三鷹 - 武蔵野競技場前間の支線廃止。
- 1959年(昭和34年)11月9日 平日に限り急行電車の全日運行開始。
- 1960年(昭和35年)9月10日 東浅川駅廃止。
- 1961年(昭和36年)3月17日 急行料金を徴収する急行列車「アルプス」の運行開始(1960年)により、急行電車を現行の快速電車に改称。
- 1966年(昭和41年)4月28日 中野 - 荻窪間複々線化。休日にも快速電車の全日運行が行われる。
- 1967年(昭和42年)7月3日 国電区間が中野から高尾まで延長。同時に「特別快速」の運行を開始。設定時より昼間時のみ運行。
- 1969年(昭和44年)4月8日 荻窪 - 三鷹間複々線化。
- 1973年(昭和48年)4月1日 国分寺 - 東京競馬場前間の支線廃止。北府中 - 下河原間貨物支線は武蔵野線に移籍(1976年9月20日廃止)。
- 1973年(昭和48年)9月1日 婦人子供専用車を廃止。
- 1979年(昭和54年) 201系試作車の導入開始。
- 1981年(昭和56年) 201系量産車の導入開始。
- 1985年(昭和60年)3月14日 定期普通列車の新宿乗り入れを夜行の下り1本を除いて廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 定期普通列車の新宿駅乗り入れを朝夕を中心に復活。快速電車の大月方面への直通運行および「通勤快速」運行開始(当初は新宿駅始発の「通勤快速」も設定されていた)。停車駅は現在と異なり、新宿以東と三鷹以西は快速と同じ、新宿 - 三鷹間は中野のみ停車(新宿始発は中野通過)。途中での追い越しはなし。設定は深夜帯。
- 1988年(昭和63年)12月1日 国分寺駅2面4線化完成。従来の特別快速を「中央特快」に名称を変更し、新たに国分寺駅に停車を開始する。また休日の夕方以降にも運転時間帯を拡大する。青梅線に直通し国分寺駅を通過する「青梅特快」を運転開始。当時のダイヤでは青梅特快のみ新宿の発車時刻が他の特快よりも特急に近く、国分寺に停車させるとそこで追い抜かれざるを得ないため、青梅線方面への速達効果を最大限に出すために国分寺駅通過の措置を採っていた。また、夜間の新宿始発含む「通勤快速」を「中央特快」に格上げ。夕方ラッシュ時に新たな「通勤快速」を新設。停車駅は現行と同じ。
- 1990年(平成2年)3月10日 快速電車の富士急行線河口湖までの直通運転開始。
- 1991年(平成3年)3月16日 「おはようライナー高尾・青梅」「ホームライナー高尾・青梅」を新設。
- 1993年(平成5年)4月10日 「青梅特快」が国分寺駅に停車。「通勤特快」運行開始。
- 1993年(平成5年)12月1日 新宿発着の普通列車(下り3本・上り1本)を廃止。115系が新宿駅から完全に撤退。
- 1996年(平成8年)3月16日 八高線電化により青梅線経由で拝島-高麗川間へ直通運転開始。
- 1999年(平成11年)12月4日 「成田エクスプレス」高尾駅発着列車の運行開始(1往復)。
- 2001年(平成13年)12月1日 「おはようライナー高尾・青梅」と「ホームライナー高尾・青梅」が「中央ライナー」・「青梅ライナー」に列車名と運行形態を変更して運転開始。
- 2003年(平成15年)9月28日 三鷹 - 立川間の連続立体交差事業の一環として、前日夜から同日にかけて三鷹 - 国分寺の上り線を仮線に切り替える工事を実施。この際大きなミスが発生し、工事終了予定時刻(朝6時頃)を過ぎても8時間あまり同区間が不通になる状態が続いた(後述)。
- 2004年(平成16年)7月19日 同日未明から早朝までの高架化工事により、武蔵小金井駅付近の下り線を仮線化。
- 2004年(平成16年)11月7日 同日未明から朝までの高架化工事により、国分寺・東小金井・武蔵境駅付近の下り線を仮線化。三鷹 - 国分寺間は上下線とも仮線となった。
- 2005年(平成17年)9月5日 女性専用車両を再設定。
- 2005年(平成17年)9月25日 前日夜から同日朝までの高架化工事により、西国分寺 - 立川間の上り線を仮線化。
- 2006年(平成18年)10月9日 前日深夜から同日朝までの高架化工事により、西国分寺 - 立川間の下り線を仮線化。西国分寺 - 立川間は上下線とも仮線となった。
- 2006年(平成18年)12月26日 E233系の運用開始。
- 2007年(平成19年)7月1日 前日夕方から同日朝までの高架化工事により、三鷹 - 国分寺間の下り線が高架になる。
- 2008年(平成20年)3月13日 ライナーにおける183系・189系の使用を終了。
- 2008年(平成20年)3月17日 3月15日のダイヤ改正により新設された東京発箱根ヶ崎行運行開始(平日のみ)。
- 2008年(平成20年)4月10日 国分寺駅西側にある変電所にて火災が発生。午前8時 - 午後3時まで約7時間に渡り東京 - 高尾間(一時は東京 - 甲府間)で運転見合わせ。約50万人に影響し、同区間を併走する京王線のダイヤが混乱、さらに沿線の教育機関や企業にも影響を与えた。
- 2009年(平成21年)1月11日 前日夜から同日朝までの高架化工事により、西国分寺 - 立川間の下り線が高架になる。
== 駅一覧 ==
- ここでは電車特定区間内(東京駅 - 高尾駅)のみについて記述する。高尾駅以西については中央本線を参照。なお、高尾駅以西の区間は特急列車以外はいずれの種別も全駅に停車する。
- 本表の区間内は全駅東京都に所在。
- 東京駅 - 新宿駅間の接続路線のうち、東日本旅客鉄道の路線名は、旅客列車の運転系統上の名称。
- 東京駅発着各駅停車は早朝と深夜のみ運転。水道橋駅 - 三鷹駅間では緩行線ホームに発着する。
- ライナー=「中央ライナー」「青梅ライナー」
- 特急「あずさ」「かいじ」および臨時列車の停車駅については列車記事を参照。
- 凡例
- この字体 の駅:各駅停車のみ停車(急行線上にホームなし)
- :東京都区内
- 停車駅 … ●:全列車停車、|:全列車通過、○:早朝・夜間のみ運転、◆:土休日ダイヤ時は終日通過、◇:新宿駅始発の下り列車は通過、★・☆:東京地下鉄の駅に停車(☆は東京駅構内および大手町駅の東西線部分でのみ相互に乗り換えの案内がなされている)、∥:経由せず
- 接続路線 … #:定期券のみ連絡運輸あり
<references group="*" />
- 廃駅・廃止信号場・過去の接続路線については中央本線の項を参照。
(出典:Wikipedia)