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5.住民犠牲について
5.3.米軍上陸後の住民避難
米軍の上陸後すぐに島は南北に分断されたため、日本側の交通は絶たれ、本島北部山岳地帯への疎開は不可能になった。北部への疎開ができなかった住民は、アメリカ軍の収容下に入るほかは南に避難するしかなく、最終的に島尻地区にかなりの住民が集まることになった。人口密集地だった沖縄県の首里、那覇では避難誘導すべき警察官は逃げていた。代わりに憲兵が各家を一軒一軒回って避難誘導している。富名腰(ふなこし)ツルによれば「自分の家で死ぬのが本望です」と言うと憲兵に叱責され、「死に急ぐな! 生きることを考えなさい」と言われ避難壕に誘導されている。その憲兵は避難住民に兵糧を配給し、そして戦場に戻り戦死している<ref name=megumi />。
(出典:Wikipedia)
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