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沖縄戦-日本軍守備隊の壊滅について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
3.戦闘推移
3.9.日本軍守備隊の壊滅

5月26日、日本陸軍参謀本部は沖縄諸島方面での継戦を断念し、以後は航空作戦を縮小することとした。他方、日本海軍はなお戦闘に固執し、練習機まで投入して菊水作戦を継続した。

日本の海軍部隊である沖縄方面根拠地隊は、主に飛行場設営隊などを陸戦隊に再編成したもので本来の戦闘部隊は少なく、航空機用機銃を陸戦用に改造するなどの努力はしたものの装備は劣悪であった。比較的戦力のある4個大隊を陸軍の指揮下に入れて首里戦線に送った後、本隊は陸軍守備隊と別行動をとり、小禄地区に篭って抗戦した。接近したアメリカ軍駆逐艦1隻を砲撃して撃沈するなどの戦果を挙げた。6月4日にアメリカ軍は第6海兵師団を迂回上陸させ、沖縄方面根拠地隊に対して包囲攻撃を開始した。沖縄方面根拠地隊は第32軍の撤退命令を受けて5月末から南部への移動を開始していたが、連絡の齟齬から行動時期がずれるなどしたため、最終的に包囲突破は不可能として撤退拒否し6月中旬に壊滅した。海軍部隊司令官の大田実少将は6月6日に海軍次官宛に有名な『…沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』という訣別電報を打った後、豊見城の海軍司令部壕内で6月13日頃に自決した。

日本陸軍部隊も急速に戦力を失いつつあった。八重瀬岳方面の独立混成第44旅団は、6月14日までにほぼ全滅した。6月15日頃、第32軍司令部への侵攻を防ぐため第62師団は全力反撃を実施したが、残存戦力の大半を失った。喜屋武地区の第24師団も、6月17日には師団としての組織的抵抗が不能の状態となった。

6月18日、アメリカ軍司令官バックナー()中将は、喜屋武半島の最前線視察中に砲撃され死亡したが<ref>米軍資料による。日本側の証言では狙撃との説もあり</ref>、アメリカ軍有利の状況には変化がなかった。むしろ、この後数日はバックナー司令官が殺害された地域を中心にアメリカ軍が徹底的な掃討作戦を行い、日本軍の被害は一気に増大した。

6月23日午前4時ごろ(6月20日、6月22日との説もある)に沖縄守備軍司令官・牛島満中将と参謀長・長勇中将が摩文仁司令部で自決した。これによって沖縄守備軍の指揮系統は完全に消滅した。大本営も、6月22日の菊水十号作戦をもって菊水作戦を終了し、6月25日に沖縄本島における組織的な戦闘の終了を発表した。

(出典:Wikipedia)

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