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3.時代の流れ
3.1.政治史
- 内閣総理大臣
- 昭和57年(1982年) - 昭和62年(1987年)の中曾根康弘内閣を最後に、平成に改元された当時の竹下登内閣以降、短命な内閣が続き、平成13年(2001年)までの12年間に首相が10人、平均の在任期間が1年強という混迷の時代が続いた。この中には日本政治史上記録的な2つの短命内閣も含まれている(宇野宗佑内閣(69日)、羽田孜内閣(64日))。小泉純一郎内閣(平成13年(2001年)4月~平成18年(2006年)9月)が平成初の長期政権で、小泉の首相在任期間は戦後3位(1980日)である。派閥領袖ではない人物が多く首相に就任している。平成21年(2009年)現在、12人の首相のうち、派閥領袖として首相に就任した人物は竹下登、宮沢喜一、小渕恵三、森喜朗、麻生太郎の5人のみである。官僚出身者・東京大学出身者は宮澤喜一のみでそれ以外は私大出身者である。また首相就任時の年齢が低下傾向にあるといわれ、平成期では約半数が50歳代で首相に就任しており、海部俊樹、細川護熙、羽田孜、橋本龍太郎、小泉純一郎、安倍晋三が、50歳代で首相に就任している。ただし、宇野宗佑、麻生太郎は60歳代後半で、宮澤喜一、村山富市、福田康夫の3人は70歳代という高齢で総理就任しており、一慨に総理就任年齢が低下したとは言いがたい。橋本龍太郎、小沢一郎、小泉純一郎、福田康夫といった世襲政治家が多く活躍した。平成6年(1994年)の村山政権以来の首相は全員、世襲政治家が占めている。
- 政党
- 平成期は日本新党・新党さきがけ・新生党・新党みらい・スポーツ平和党・真理党・自由連合・新進党・新社会党・太陽党・フロムファイブ・国民の声・民政党・新党友愛・新党平和・民主党・自由党・保守党・保守新党・国民新党・新党日本・新党大地・改革クラブ・幸福実現党など新党結成・政党合併が相次いだ。平成元年(1989年)、竹下内閣による消費税導入と、リクルート事件による自民党金権汚職への国民世論の反発・農産物の輸入自由化による農民の自民党離れの現象、宇野宗佑首相の女性スキャンダルによる女性有権者の反発などの理由から7月の第15回参議院議員通常選挙で自民党は過半数割れの大敗。社会党が一人勝ちをして参議院は与野党逆転した。土井たか子委員長の女性政策によってマドンナ旋風がおき女性議員が倍増。以後平成期は国会でも地方でも女性議員が増加している。社会党は平成2年(1990年)の第39回衆議院議員総選挙でも勝利したが、自民党も安定多数で勝利した事で政権獲得に失敗する。小沢一郎幹事長のもと自民党政権が竹下派経世会支配で安定する。自民党最大派閥竹下派は平成4年(1992年)に小渕派と羽田派・小沢派に分裂。小沢一郎は衆議院議員選挙制度の小選挙区への変更で派閥解消・2大政党制選挙・金がかからない選挙・政党本位選挙を目指す政治改革論議を提起した。宮澤内閣不信任決議に賛成して嘘つき解散に追い込んだ小沢一郎は自民党を離党して新生党を旗揚げ、別の政治改革グループが新党さきがけを旗揚げ、日本新党・新生党・新党さきがけが躍進して新党ブームがおきた。平成5年(1993年)、日本社会党・新党さきがけ・新生党・民主改革連合・公明党・民社党・社会民主連合・日本新党が連立した細川内閣が成立。非自民連立政権の成立により、自民党は一時野党に転落して55年体制は崩壊するも、平成6年(1994年)には自民党は社会党との村山連立政権で早くも政権に復帰し、その後は公明党と連立で政権を維持した。政権与党は自民党単独、→非自民・非共産連立政権 (新生党・公明党・日本社会党・民社党・新党さきがけ・日本新党・社会民主連合・民主改革連合)、→(自由民主党・日本社会党・新党さきがけ) 自社さ連立政権、 →自由民主党・自由党・公明党連立、→自由民主党・公明党・保守党その後保守新党連立、 →(自由民主党・公明党)自公連立と移り変わり、自民党を中心にした連立政権の時代となった。~平成5年(1993年)の政治体制は、自民党対日本社会党の保守・革新による二大政党制・55年体制。平成5年(1993年)~平成6年(1994年)の政治体制は、多党制による連立政権対野党自民党。平成6年(1994年)~平成9年(1997年)の政治体制は、日本社会党が自民党との連立政権で政策転換、その後衰退・社会民主党に党名変更。自民党対新進党の二大政党制が成立。第三極民主党成立後に新進党が解体する。平成10年(1998年)~自民党対民主党の二大政党制が成立する。小泉内閣は郵政解散による選挙で勝利して絶対多数の議席を獲得したが、後継の安倍内閣は第21回参議院議員通常選挙で大敗・参議院は再び与野党逆転をしてねじれ国会の構図が成立した。
- 政治思想・法制度改革
- 平成期はさまざまな政治改革・法制度改革が行われた。選挙制度改革(小選挙区比例代表並立制の導入)、政治改革(政治資金規正法、政党助成金制度)、行政改革(省庁再編、公務員改革)、司法制度改革として新司法試験制度、法科大学院の設置、裁判員制度の導入・少年法の改正が行われた。 有事法制の整備や自衛隊の海外派遣、国旗国歌法の法制化、教育基本法の改正など、保守色の強い政策への抵抗感が弱まり、日本社会党・日本共産党など革新勢力は弱体化した。相次ぐ政界再編、政治家のスキャンダルもあり国民の政治不信を呼んだ。そのため、特定の支持政党を持たない「無党派層」が既存政党への支持者を大きく上回っている。政治不信対策・政党政治の復活のため平成15年2003年の第43回衆議院議員総選挙から公職選挙法が改正されて、民主党が先駆けてマニフェスト選挙を行った。小泉内閣の構造改革の結果、格差社会によって貧富が拡大して、若者を中心に蟹工船ブームがおきて社会主義・共産主義思想が再評価されている。
- 政治家
- 平成12年(2000年)の中央省庁再編により、官邸主導が強まった。平成13年(2001年)から平成18年(2006年)にかけての小泉政権下では社会保険庁問題・無駄使い・天下り批判がされ脱官僚の声が強まり、政権主導の改革を推進した。しかし、安倍内閣・福田内閣と後継政権の迷走が続き、小泉政権の時のような官邸のリーダーシップが発揮できなくなっている。「竹下派七奉行」「清和会四天王」と呼ばれた戦前・戦中生まれの政治家らが1990年代の政界を主導したが、2000年代に入るとこれらの政治家の多くが死去・引退した。2000年代に入り、戦後生まれの世代(概ね団塊の世代とその下のしらけ世代)が主導権を握りつつある。与野党で戦後世代の党首が誕生している。小選挙区比例代表並立制に選挙制度が変わり自民党・民主党の二大政党はサラリーマン化した議員を輩出して、中選挙区制時代のような地主型政治家・労組出身者は激減した。
- 地方政治
- 地方では、ユニークな「改革派首長」が登場し、財政再建や過疎対策などに辣腕を振るうようになった。平成11年(1999年)~平成18年(2006年)頃、総務省の政策で平成の大合併による市町村合併が行われて地方自治体は大幅に削減されて多くの市町村が消滅。東京一極集中が再び加速して地方経済の衰退が顕著になった。これに伴い財政再建団体に転落した自治体や医療崩壊に至った地域が現れ問題になっている。
(出典:Wikipedia)
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