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5.一族
5.1.家族・親族
- 生家(竹内家)
- 実父: 竹内綱(実業家、政治家)
- 実母: 瀧子<ref>ただし実母は芸者某とする説がある。『日本の上流社会と閨閥』203頁には「…母親の名も素性もはっきりしないが、後年、名門出の雪子夫人との間にすき間風が吹き始め、芸者遊びに精を出すようになると、雪子は “芸者の子は芸者が好きね” といったそうだから想像がつく。…」という記述がある。『吉田茂とその時代(上)』6頁には「…実母の身元はいまでもはっきりしない。母親は芸者だったらしく、竹内の投獄後に東京へ出て竹内の親友、吉田健三の庇護のもとで茂を生んだのである…初期の戸籍は明らかに母 “不詳” としているが、吉田の存命中は竹内の本妻に生まれたという虚構の説が公に唱えられ、出生をめぐる回想のなかでも吉田は実母に言及することを用心深くさけている…」という記述がある。</ref>。
- 実兄: 明太郎(実業家、政治家)
- 養家(吉田家)
- 養父: 吉田健三(旧福井藩士、実業家、ジャーディン・マセソン商会・横浜支店長)
- 養母: 士子<ref>戸籍上の名は“コト”である</ref>(儒学者・佐藤一斎の孫娘、士族・東京府官吏・佐藤新九郎の娘)
- 岳家(牧野家)
- 自家(吉田家)
- 妻: 雪子(1941年(昭和16年)に死別)
- 長男: 健一(英文学者)
- 孫: 暁子(翻訳家)
- 長女: 桜子(夫・吉田寛は元首相岸信介・佐藤榮作兄弟の従兄弟、元外相松岡洋右の甥にあたる<ref>吉田寛は将来が嘱望された若手外交官だったが、桜子と結婚して数年後に死去してしまう。その葬儀に来た親戚の佐藤榮作と吉田茂は初めて会うが、その時の佐藤の風貌が亡き女婿と瓜二つだったので、以後吉田は佐藤を我が子のように可愛がるようになったという。</ref>)
- 次男: 正男(東北大学助教授、学習院大学教授などを歴任)
- 次女: 江子(夭逝)
- 三女: 和子(実業家・政治家麻生太賀吉夫人<ref>和子と太賀吉を結びつけたのは側近の白洲次郎であり、ふたりの仲人もつとめている。</ref>) - 麻生太賀吉と和子の長男が第92代内閣総理大臣麻生太郎であり、長女 信子は寛仁親王に嫁いだ
- 後妻: 喜代(昭和19年に再婚)
- 長男: 健一(英文学者)
(出典:Wikipedia)
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