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3.人物
3.13.その他の逸話
- 王貞治が巨人軍入団三年目に知り合った心臓病の野球少年に「僕もホームランをかっ飛ばす選手になるから、君も早く元気に野球をやれるように頑張れ」と励まし続けた。しかし、その少年は薬石効なく僅か13歳でこの世を去ってしまう。この少年の両親が東京都品川区の海徳寺に、息子を悼んでバットを持った地蔵を建立し、王も現役時代、シーズンが終わると毎年のようにこの地蔵にお参りしていた。そうしたことからこの地蔵をいつしか『ホームラン地蔵』と呼ぶようになったという。
- 1965年4月4日放送の毎日放送制作『アップダウンクイズ』で、ゲスト出場者(同回はプロ野球選手大会)として初めて10問正解し、ハワイ旅行を獲得した。また1967年8月6日放送の同番組では「夏休み特集・中学生大会」のシルエットクイズのゲストを担当した。
- 1981年から1993年の13年間、毎年朝日放送製作(自らの個人事務所・オフィスフラミンゴ協力)で、正月に「新春ビッグ放談」と題した対談番組のホストを担当した。(途中1989年だけ王自身は巨人監督を辞任関係などから出演せず)毎年スポーツ界を代表する選手との対談を実施。最終年の1993年は当時巨人監督に復帰した長嶋茂雄とのON対談が実現した。
- 1996年オフに当時の巨人監督だった長嶋茂雄の息子で同じ巨人選手だった一茂が父から戦力外通告を受け記者から戦力補強で獲得するのかの問いに「長嶋さんの息子の獲得は厳しいね。長嶋さんにも苦労を掛けているしね。」と獲得に乗り出さなかった。 結局一茂は怪我等もあり引退する。
- 2003年夏にフジテレビ系バラエティ番組『ワンナイR&R』の中で王監督に対する侮辱的シーン(コント「ジャパネットはかた」にて、“王シュレット”という王監督の顔を模った温水洗浄便座を紹介)が放送され当時のダイエー球団サイドが抗議し、同球団はフジテレビ系列の取材を一切拒否。後日フジテレビは放送上等で謝罪するが、同年の日本シリーズでの放送権を剥奪され、また通信販売業のジャパネットたかたからも「あまりにも良識の範囲を超えている」と抗議された。それ以降フジテレビ系列(福岡地区ローカルのテレビ西日本以外)でのホークス戦の放送を自粛していたが、2005年5月17日のソフトバンク対巨人戦から解禁された(詳細は王シュレット事件を参照)。
- 2005年以降、巨人主催試合の中継を日本テレビではなくテレビ朝日が実施することがあることについて、日本テレビに批判的なコメントをした。
- 2006年11月のアメリカ誌「タイム」アジア版において、アジア版60周年を記念して特集された、政治、ビジネスなど5分野で活躍した66人が英雄に選ばれる「60年のアジアの英雄」の一人に選ばれた。
- 王が打った846号のボールは、八代亜紀(846=ヤシロ)が持っている。
- ダイエーの監督として連覇を果たした2000年のシーズンオフに、巨人のOB戦(テレビ放映)があり、新調された背番号1のユニフォームを纏って参加している。しかしそのころにはもう「巨人の王」というより、「ホークスの王」として人々に強く認知されていたためか、ほとんど話題にならなかった。
(出典:Wikipedia)
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