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王の父親は大陸から一人で日本に渡って来た天涯孤独に近い境遇で、また戦時中は敵国人でもあったため、日本人である母方の親族から正式な結婚を許してもらえなかった。そのため終戦後に晴れて入籍するまでは、王とその兄弟は(表向きは王姓を名乗りつつも)法的には母親の私生児として日本国籍を保有していた。
10歳年上の実兄:王鐵城は貞治が2006年に胃癌の手術を受けた際、自身の出身であった慶應義塾大学病院に入院させ、後輩の医師だった北島政樹に貞治の手術執刀を依頼するなど、弟の闘病を蔭で支えていたが、2008年秋に体調を崩し、12月20日、呼吸不全にて78歳で逝去した。貞治は「私の父親代わりだった」と兄:鐵城の死を悼んだ。
1966年結婚した夫人との間に三女あり。夫人は王の新人時代、よく練習を見に来ていた女子学生2人組の1人で、一人は快活に話す子だったが、もう1人の「大人しい子だな」と王が感じた女子学生が後の夫人である。妻へのプロポーズの言葉は「ドドンパはお好きですか?」だったという。三女が産まれた時に、王は男の子が欲しかったが、また女の子だったので舌打ちをしてしまい夫人に怒られた(当時は「男の子=ストライク、女の子=ボール」と考える野球選手が多く、稲尾和久や張本勲もこのような話をしている)。家ではかなりの亭主関白だったらしく、本当に家の仕事は全く何もしなかったという。屋根の修理さえも妻の仕事。ただ、しつけだけは王の担当であり、礼儀作法に厳しく、娘たちが自分の言った事に対して口答えをすると容赦なく鉄拳を振るい、鼻血が出るまで殴っていたこともあるという。
3人の娘にはすべて「理」と付く名前をつけた。これは、いずれ嫁に行き、姓が変わってしまう娘だが、王の娘としていてほしい、里は王家だ、という意味をこめて「里」に「王」の偏をつけた「理」とした。
二女の理恵が「ふくらはぎが太いのは、お父様のせいだ!」と王に八つ当たりしている。この事から王は、娘にお父様と呼ばせていることが判明した。
夫人は2001年10月に逝去。その後、夫人の遺骨が墓地から盗み出されて300万円を要求される事件が起きたことがある。<ref>http://www.nikkan-kyusyu.com/view/da_1072187059.htm</ref>(http://www.nikkan-kyusyu.com/view/da_1072187059.htm</ref>);