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2.経歴
2.4.監督時代
巨人助監督・監督時代
1981年から3年間巨人助監督を務め、監督・藤田元司、ヘッドコーチ・牧野茂とのトロイカ体制で1981年の日本一、1983年のリーグ優勝に導く。1984年、藤田元司からバトンを受け継ぎ、監督就任。しかし、前年リーグ優勝したチームを受け継ぎながら3年間優勝から遠ざかり、監督としての資質に疑問を呈する声がファンや評論家からあがる。また、ランディ・バースに対する敬遠攻めを止めなかったことに対する非難を受けたりもした。85年には、選手時代の実績があまりに大きいことや世代間の断絶などの要因が絡まり中畑清のワン公(犬の意味)発言を誘発している。
監督就任4年目、主砲原辰徳を前年の故障で欠き、落合博満を中日ドラゴンズが獲得するなど、チームはかつてない危機を迎えていた。中日との開幕戦での西本聖の完封勝利で1987年のシーズンが幕を開ける。ウォーレン・クロマティを4番に据え、ストッパーに回った鹿取義隆と、2年目19歳のエース桑田真澄、復活した江川卓を軸に若手投手陣は躍動する。終わってみれば独走でのリーグ優勝であった。惜しくも西武ライオンズに2勝4敗で敗れ日本一はならなかったものの、打撃ベスト10に篠塚和典、吉村禎章、中畑清、復帰した原とクロマティの5人が3割を記録した強力打線が軸であった。
翌1988年はクロマティ・吉村のケガによるリタイア、江川卓の引退からくる投手陣の衰えから優勝した中日に12ゲーム差をつけられ2位に終わり、フロントから責任を問われる形で辞任。藤田元司がバトンを受け継いだ。巨人監督退任後はNHK野球解説者を務めた。
(出典:Wikipedia)
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