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王貞治-スランプ、そして三冠王について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.経歴
2.3.現役時代
スランプ、そして三冠王

ますます一本足打法に磨きがかかり、打撃の確実性が増した王は1968年、初の首位打者を獲得。以後1970年まで3年連続首位打者を獲得した。

しかし1971年のシーズン後半、深刻なスランプに見舞われ、3年連続首位打者だった打率は.276まで降下、本塁打も39本に終わり、10年連続の本塁打王こそ守ったものの8年続けていた40本に届かなかった。

この年の9月15日、阪神戦(阪神甲子園球場)にて江夏に3連続三振を喫した後4打席目(9回表)に放った逆転3ランは王にとって756号に匹敵する忘れられない本塁打の1つだという。極度の不振に陥っていた中で打った本塁打だったこともあり、ダイヤモンドを一周する間号泣していた。王が「現役時代に唯一涙を流した本塁打」となった。この対決及び本塁打のことは江夏もよく覚えており、二人とも「このような対決こそが野球の醍醐味」と語っている。なお、この本塁打は通算485号に相当した。

また、同年日本シリーズ第3戦(10月15日)では当時パ・リーグを代表する投手だった山田久志からシリーズの流れを決める逆転サヨナラ本塁打を放ち、チームの日本一に貢献。この本塁打についても、「宙に浮くようなフワフワした気持でベースを一周したのは後にも先にもあれだけ」と語っており、通算本塁打にこそ含まれないもののよく覚えているという。

一方、スランプは翌1972年まで尾を引き、あまりの深刻な不振に川上哲治監督も二本足に戻すことを勧めたほどであった。しかし王は頑なに一本足打法を貫き、ついにスランプを脱出、同年9月には公式戦7試合連続本塁打の記録を達成。これは1986年ランディ・バースに並ばれたものの、未だに日本プロ野球記録である。この年、前半のスランプの影響で打率こそ2年連続で3割を割ったものの、48本塁打と再び大台を突破、当時の自己最多の120打点を記録、復活を遂げた。

1973年、打率.355、本塁打51、打点114で王にとって初めての三冠王を獲得。この年、通算本塁打数でも野村克也を抜き、プロ野球歴代1位に踊り出た(1973年シーズン終了時・王585本、野村579本)。

1974年も打率.332、本塁打49、打点107で史上初の2年連続三冠王に輝いた。この年の8月4日、対阪神タイガース戦で、古沢憲司投手から史上8人目となる通算2000本安打を達成。

この頃は長嶋が既に現役最晩年で往年の打棒が望めず、他球団のマークは王に集中していた。これは1973年124四球(38敬遠)、1974年158四球(45敬遠)という記録にも表れている。そんな中での2年連続三冠王は特筆に値する。特に1974年は四球と敬遠に加え、出塁数294、長打率.761も日本プロ野球のシーズン最高記録を更新、非公式の記録では出塁率.532、OPS1.293、本塁打率7.86などもシーズン最高記録であった。これらの記録の内、長打率以外の記録は未だに更新されていない。

しかし、当時の巨人は僅差の試合に非常に弱く、いかに王が怪物的な打棒を振るおうとも、チームの優勝争いでは苦戦を強いられていた。結果として、1973年にはかろうじてシーズン最終戦でセ・リーグ優勝を決め、日本シリーズでも優勝したものの、1974年には中日にセ・リーグ10連覇を阻まれた。

(出典:Wikipedia)

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