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王貞治-ライバル対決について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.経歴
2.3.現役時代
ライバル対決

1968年9月17日阪神甲子園球場の阪神戦にて、プロ2年目の江夏豊稲尾和久と並ぶシーズン353奪三振を喫する。江夏はそこからわざと8人から三振を奪わず、再び王から新記録となる354個目の三振を奪って見せた。王はわざと三振を取らずに一巡させたことについては「俺はこれ(眉に唾をつける動作をしながら)だと思う」と懐疑的だが、江夏との対戦については「三振を恐れるようなスイングだけは絶対にしたくなかった。それに中途半端なスイングじゃ江夏の球は打てないしね」と常に全力で対決に臨んだことを証言している。王が最も三振を奪われた投手は最大のライバル江夏からであるが、その江夏が最も本塁打を打たれた打者は王である。そして約250回の対戦で死球は只の1回だけであり、関係者から指摘されるまで、お互いに死球はゼロだと思っていた。王は江夏について「『こいつは絶対に抑えてやる』『こいつから絶対に打ってやる』とお互いに強い意識を持った相手という意味で最高のライバルだったんじゃないかな」と語っている。

その翌日(9月18日)阪神戦では、ジーン・バッキーから危険球を投げつけられ、バットを持ってバッキーのもとに詰め寄った。この時、王は第1打席でバッキーから死球を受けており、この第2打席でも頭の付近へ危ない投球があり、捕手の辻佳紀に「今度(危険球が)来たらもう我慢できんぞ」と言っていたところに2球目も腰の付近に来たというものであった(ただし王自身はバッキーとは仲は良く、「おいおい」とたしなめる程度のつもりであったという)。その後、荒川コーチがバッキーと乱闘して2人が退場となった。さらに交代した権藤正利の投球が王の頭を直撃。その後、同僚の長嶋が権藤のボールをレフトスタンドに叩き込み、事実上の報復を果たした逸話は有名である。王も頭部陥没骨折の重傷を負っていたが接骨医の懸命の治療で大事には至らず2試合欠場しただけで復帰、復帰した試合では2本の本塁打を放っている。なお、この事件で荒川と乱闘を演じたバッキーは指を骨折。投手生命を絶たれる原因となった。

なお、王は1965年4月12日の中日戦(後楽園球場)で中日の柿本実の長嶋への危険球を発端とする乱闘(この乱闘で金田正一が柿本に足蹴りを見舞い、退場となっている)でも乱闘に参加せずベンチで独り手を洗い水を飲んでいたという逸話があるほど争いを好まず、乱闘の口火を切ったのはこのバッキーとの諍いが唯一である。

(出典:Wikipedia)

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