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王貞治-シーズン55本塁打について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.経歴
2.3.現役時代
シーズン55本塁打

1964年シーズン、5月3日の対阪神タイガース戦(後楽園球場)では1試合4打席連続本塁打を記録。この時点で既に17本塁打。手のつけられない打棒対策として、当時の広島カープの監督である白石勝巳が、王の打球がフィールドの右半分に集中することを考慮に入れ野手の内6人をライト側に守らせる「王シフト」と呼ばれる守備体系を考え出したことで話題になった。しかし、王は王シフトにも動じることはなく、その試合でも18号本塁打を叩き込んだ。

また、この年の国鉄との開幕戦(後楽園球場)で、開幕投手の金田正一からライトへの場外本塁打を放っている。打球はライトスタンド場外に設置されていたローラースケート場の屋根まで飛び、推定飛距離151mとされている。金田からすると本塁打を打たれた球は見逃せばボールの球で王から三振を奪える絶対的な球と語っている。

この本塁打は金田の度肝を抜いたが、金田は一本足打法転向後も王をカモにしていたこともあり打たれた球種、コースを根気よく投げ続けるが、この年の王にはことごとく打たれたという。これにより金田は「長嶋は対戦する前から事前に研究をしたが、王は打たれてから研究した。」と語っている。この年、王は金田から同一投手に対するシーズン本塁打数のタイ記録である7本塁打を奪った。

9月6日の大洋戦で52号、53号を叩き込み、前年野村克也が作ったシーズン本塁打記録52本を一気に抜き去り、その記録を55本まで伸ばした。これは今でもプロ野球記録である。55本塁打のうち24本は飛距離400フィート(約122m)以上という大リーグの球場でも十分にスタンド中段に届く大型ホームランであり、決して球場の狭さに助けられた記録ではない、と宇佐美徹也は評価している。この年、巨人は優勝しなかったにも関わらず王はMVPに選ばれた。

それまで王と荒川コーチは一本足打法に必ずしも強い執着を持っていたわけではなく、実際このシーズンのキャンプでは二本足に戻すことを検討していたほどだったが、「シーズン55本塁打」という偉業達成を機に王は一本足打法が自分のスタイルであると確信した。 また、王自身は「自分は打率を気にするバッターではない」と語っているが、打率もこの頃から上がり始め、1964年は江藤慎一と最後まで首位打者を争い続けた。翌1965年も江藤と首位打者争いを繰り広げた。

(出典:Wikipedia)

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