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2.球場の歴史
2.5.年表
- 1924年 - 7月31日に完成。12月に蔦が植栽される。
- 1925年 - 初代スコアボードを正式開設。
- 1929年 - 内野東西スタンドを木造から、鉄筋コンクリート50段、高さ14.3mに改築。「アルプススタンド」の通称が付く。
- 1930年 - アルプススタンドにも鉄傘がかけられる。
- 1931年10月1日 - 一塁側アルプススタンド下に室内運動場、三塁側アルプススタンド下に温水プール完成。
- 1934年 - 外野中央に2代目スコアボード完成(通称・軍艦形)。
- 1935年 - 大阪タイガース(現阪神タイガース)が誕生。
- 1936年 - 外野東西スタンドを木造から、鉄筋コンクリートに改築。「ヒマラヤスタンド」の愛称がつく。フェアグラウンドが現在の形となり、バックスクリーンも設けられた。
- 1937年 - 三塁側アルプススタンド下の温水プールが甲子園プール完成に伴い閉鎖。
- 1943年 - 金属類回収令により鉄傘が供出される。
- 1945年 - アメリカ軍に接収される。
- 1947年 - 球場の接収が一部解除される。
- 1947年5月26日 - ラッキーゾーンの設置工事が完了。
- 1948年 - 大阪タイガースが甲子園を専用球場とする。また南海ホークスも甲子園を主に使用した。
- 1950年 - 9月、南海ホークスが大阪球場に移転する。11月、初の日本シリーズ(当時は日本ワールドシリーズ)開催。(第3戦のみ)
- 1951年 - 内野ネット裏を中心として大屋根(銀傘)が復活。オールスターゲームの記念すべき第1戦開催。
- 1954年 - 球場全体の接収が解除。
- 1956年 - ナイター照明設備完成。その年の夏の甲子園でも早速、ナイターゲームが誕生した。
- 1958年 - スコアボードが完全手書き式に変更。さらにスコア表示と下段を一部改造。
- 1963年 - 内野側に広告設置。
- 1964年2月14日 - 球場名を甲子園球場から阪神甲子園球場に変更。室内練習場完成。
- 1974年 - 看板広告を変更。
- 1979年 - センターバックスクリーンに2面広告装置「トライビジョン」完成(1997年まで)。
- 1982年 - 銀傘をアルミ合金に葺き替え。オーバーシードによる天然芝の二毛作に成功し、通年緑化。
- 1984年 - 開場60周年(開場以来の「甲子」の年にあたる)を記念し、スコアボードが3代目のものに更新。
- 1985年 - タイガース創立50年を記念し、甲子園駅から球場へ続く通路に虎の銅像が建立される。
- 1992年 - ラッキーゾーン撤去、両翼が再び96m(当時の公称値)に。
- 1993年 - スコアボード右半分をカラービジョンのフリーボードに変更。
- 1994年 - 開場70周年を記念し、開場当時の姿を模したモニュメントがはめ込まれた記念碑が阪神甲子園バス停付近に建立される(2006年10月にお色直しの上、虎の像のそばに移設。跡地にはグッズショップが建てられた)。
- 1995年1月17日 - 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)発生。スタンドの一部が損壊。
- 1996年 - アニメーション「炎の5回裏」登場。
- 1997年 - 「トライビジョン」を4面広告装置「ペンタビジョン」に変更。
- 2002年 - 内野席の一部座席間隔を拡大し、収容人員が53,000人に。
- 2004年 - 新室内練習場が完成。女子トイレ増設とフェンスラバーなどの改良工事実施。21世紀の大改修の具体案まとまる。
- 2005年 - スコアボード右側のフリーボードをLEDに改良。また、バックネット付近のフェンス広告が、電動で回転するものに変更。
- 2007年2月 - 室内練習場の隣に新クラブハウスが完成。
- 2007年3月4日 - 阪神甲子園バス停付近に新しく「タイガースショップ アルプス」が完成。
- 2008年3月 - 第1期リニューアル工事完了。内野スタンドが改修される。
- 2009年3月 - 第2期リニューアル工事完了。アルプスと外野スタンド、照明塔、銀傘が改修される。
(出典:Wikipedia)