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阪神甲子園球場-戦後について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.球場の歴史
2.3.戦後

終戦後は川西航空機の工場の敷地とともに米軍に接収され、1946年はプロ、中学の各種野球の公式戦の開催ができず代わりに阪急西宮球場で行われ、選抜大会は中止となった。翌年にはスタンドの一部とグラウンドの接収が解除されたため、春と夏の中学野球、プロ野球が再開され、甲子園ボウルも始められた。なお球場全ての接収解除は1954年まで待たなければならなかった。ホームランを増やすため、プロ野球再開のシーズン途中にラッキーゾーンが日本で初めて設けられた(当初はプロ使用時のみ)。周りの施設の土地は住宅などに転用されたため、阪神電鉄関連のレジャー施設はプール(現在はテニスコートとクラブハウスになっている)と場所を移した遊園地(甲子園阪神パーク)のみに縮小された。

1948年にはプロ野球においてフランチャイズ制が暫定導入され、大阪タイガースが甲子園を専用球場とし、自前の大規模球場のない南海ホークスとともに主催試合のほとんどを甲子園でするようになった<ref>南海電鉄は中百舌鳥球場を所有していたが、立地条件が悪いため戦後は公式戦を当球場及び阪急西宮球場で開催していた。</ref>。ただし南海ホークスの使用は暫定的なもので、1950年9月には名目上のフランチャイズであった大阪市内に大阪球場を造って移転している。

(出典:Wikipedia)

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