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9.スキャンダル(編集の根幹に関するもの)
- 1954年9月、当時、北海道深川市の深川西高校生がつくった人形劇やコーラスサークル「あゆみ会」に対し、「日共の触手高校生へ」などの見出しで、同会会員が日本共産党が当時行った軍事訓練に参加し、共産主義色の強い人形劇を公演していると報道。高校二年生の会長がこの記事は誤報として遺書を残して抗議の自殺をした。北海道新聞は同年10月の社説で、事実上誤報を認めた。
- 1989年10月31日、東京・永田町の料亭で鉄骨メーカー共和副社長と阿部文男北海道開発庁長官(両者とも贈収賄「共和事件」でその後、逮捕、起訴、実刑確定)が北海道新聞社常務と面談し、阿部と長嶋茂雄氏の対談記事を掲載要求。後日、共和幹部が北海道新聞社の役員室に現金入り封筒を置いていった(常務は翌日返したと主張)。常務から紹介された論説副主幹は「座談会記事は掲載価値がないが長官室での懇談ならば話題性があり記事になる」と助言をし、車代名目で現金を受け取った。その後、論説副主幹は担当記者に懇談の記事化を指示し、12月14日の朝刊に掲載。さらに、1990年2月には北海道新聞が取材していた阿部被告の献金要求疑惑について、同支店幹部に対し取材状況を説明した。この常務と論説副主幹は1992年1月、東京地検特捜部から参考人聴取された。両者は北海道新聞社を退職したが、関連団体に天下った。
- 1995年から翌年にかけて、北海道新聞は北海道庁の裏金問題を長期にわたって報道した。だが、道庁は報道機関向けにも約2500万円の食料費を支出しており、その大半は北海道新聞の記者に対してのものだった。この件に関して、同紙上で報道されることは全く無かった。
- 1997年に函館市で創刊された日刊紙「函館新聞」に対して、北海道新聞社が、時事通信社や系列の放送局に同社と取引しないよう働きかけ、妨害行為を実行したとして、独占禁止法違反の疑いで、公正取引委員会から排除勧告を受けた。(函館新聞の「函館新聞の題字論争」の項参照。) 2006年10月、東京地裁で、北海道新聞社側は函館新聞側に和解金2億2000万円を支払い、他の訴訟も取り下げる和解に応じた。
- 2000年2月、道央地方の支局に勤務する女性記者が警察署長からセクハラを受けたとして「警察署長が知り合いの女性会社員に酔ってセクハラ」と自社の社員であることを伏せて社会面で大きく報道。この署長が北海道警察の監察室の取調べを受け自殺した。
- 2001年7月28日夕刊で、小泉純一郎首相が参議院選挙のため札幌市内で行った街頭演説で「分数できぬ高校、大学生は障害者」と発言したと伝える記事を掲載した。しかし首相発言で「分数もできなければしょうがないだろう」といったのを「障害者だろう」と記者が聞き誤ったことが、報道各社の取材VTRなどから判明。自民党が抗議したものの「誠意ある回答がない」として、開票日の取材の立ち入り禁止の措置を取ったため、急遽30日付朝刊におわびと訂正の記事を掲載した。
- 2001年11月4日付の朝刊で、札幌弁護士会所属の弁護士Aが、不当労働行為を働いたとして、地方労働委員会に申し立てられたと報道。だが、実際の被申立人はAとは別の人物で、Aは誤報によって名誉を傷つけられたとして、同年11月21日に北海道新聞社を提訴。同訴訟は翌2002年7月2日に和解となったが、裁判所側の合意案には、「(道新の記事は)読者に誤解を与えかねない不正確で不適切な内容」と指摘する部分もあり、事実上Aの主張が認められた結果となった。
- 2003年10月6日の朝刊1面と社会面で、出光興産北海道製油所(苫小牧市真砂町)が、原油漏れの隠蔽工作を行っていたと報道。だが、そのような事実は存在しないことが後日判明し、23日朝刊で「不十分な取材に基く慎重な分析と検討を怠った報道」と謝罪した。しかし、誤報の事実そのものは認めなかった。
- 2004年10月30日の夕刊で、イラク人質事件に関する共同通信社の誤報記事を1面トップで扱い、後に訂正記事を出し関係者を処分した。有力加盟紙である北海道新聞が処分を先行させたため、共同通信社は編集局長らを更迭せざるを得なくなった。
- 2005年3月13日の紙面で、北海道警察と函館税関が覚せい剤の「泳がせ捜査」に失敗し、大量の覚せい剤と大麻が北海道内に流入した疑いがあると報道したが、「泳がせ捜査」の実態が確証あるものではなく、伝聞に基づく「不適切な記事」だったとして、2006年1月14日の朝刊で「おわび」の記事を掲載。しかし記事の訂正には応じない姿勢を示したため、道警が記事の削除と結果説明を要求。また、毎日新聞などによる、道警との文書のやり取りの開示要求も拒否している。
- 2005年7月16日の朝刊一面で、さっぽろ雪まつりの真駒内会場に代わる新会場が中島公園に決定したと報道。だが、この時点ではまだ協議中の段階に過ぎず、その後8月末に新会場として正式決定したのはサッポロさとらんどであった。この誤報に関する道新側の訂正・謝罪は行われなかった。
- 2006年6月朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の報道によると、菊池育夫社長に対し、道新スポーツの鎌形敏雄社長が、文書で退陣を要求していたことが判明。道警と対立し、取材活動に支障が出ていることや、社員の経費着服などで社内が混乱していることについて社長の責任をとるよう求めたという。
- 2007年1月17日札幌市市営地下鉄駅で同社社員(財務管理室の次長)が酒に酔って線路内で寝ていて列車と接触し、軽傷を負った。この事故の影響で列車12本が運休し2900人に影響が出た。同社は、事故直後に社員であることを確認したが公表せず、翌日の自社の紙面でも「会社員」と報道していた。また、このような報道を行った理由として経営企画室は「事故の態様を見て公表の必要はないと判断した」と述べた。また、この記者の実名は明らかにされず、読者への謝罪のコメントも全く無かった。
(出典:Wikipedia)
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