ランキングモンスター
2.エピソード
- 小学生の頃、神宮球場でのヤクルト-巨人戦を父・茂雄と一緒に見に行ったのだが、その手に汗握る試合展開に興奮した茂雄は、なんと連れてきた一茂を球場に置き去りにして帰ってしまう。信じられない話であるが、家に帰って妻に言われて気が付いたのだという。茂雄は慌てて神宮球場に電話をしたところ、一茂は審判室に保護されていた。しかも球場に忘れられたのは1度ではないという。
- 父・茂雄の引退試合(1974年10月14日の巨人-中日戦)を、歯医者に行っていたため見届けることができなかった。
- 大学に入るまでカップラーメンを作ったことがなく、大学一年のとき先輩に作ってこいといわれたものの作り方がわからず、容器を壊してなべに入れて作った。
- 大学ではそのキャラクターゆえか、人望も厚く、キャプテンに選ばれた。チームメートや同級生からはいわゆる「いじられ役」で人気者でもあった。
- ヤクルト時代に志願して落合博満と自主トレを行なった際、長嶋家より差し入れとして銀座千疋屋のメロンが届く。一茂がそのメロンを二つ割りにして種を取り、ブランデーを注いで一気に食べる姿を見た落合夫妻は、「子供はこのようにのびのびと育てなきゃいけない」と話し合ったと、落合夫人がインタビューで語っている。
- 1993年4月23日の阪神-巨人戦で仲田幸司投手からセ・リーグ通算3万号となる記念本塁打を放つ。
- 1994年5月18日の巨人-広島戦で当時のチームメイトである槙原寛己が完全試合を達成した際は三塁を守っており、真っ先に彼に抱きついた。
- キャスターをつとめたアテネ五輪を総括する特集番組では、ドーピング再検査問題の渦中にあったアヌシュについて語る際、「僕も現役時代にステロイドによるドーピングをしていた。検査で何度かひっかかったこともある」と告白。続けて「確かに筋力は増すが簡単に野球の成績に結びつくものではないし、ドーピングは大したことではないと思う。しかし基本的にはフェアではないし体にも悪いことなので再検査命令にはすぐに応じるべきだ」と話した。
- 2004年3月、父・茂雄が脳梗塞で倒れる。茂雄の病状は重症で、彼の容態を知りたいマスコミが長嶋邸を幾重にも取り囲んだ。そのマスコミと茂雄の担当医師の橋渡しをしたのが、長男の一茂であった。一茂は、茂雄の容態について、定期的に報告をし、茂雄が監督として指揮を執れる状態ではないことを詳しく説明した。そのかわり、茂雄の魂だけはアテネに連れていきたいと、大きな日の丸に3の文字を父に書かせ(背番号3は茂雄の巨人での背番号。永久欠番)、その旗を野球日本代表に託した。
- 2008年4月9日放送の『NEWS ZERO』において、フランスのサルコジ大統領が北京オリンピックへの欠席をほのめかしていることに言及し、「政治とスポーツは分けて考えるべき」「国家元首が欠席すると(同国選手の)モチベーションが低下することは避けられない」と主張した。また、「抗議活動を行っている人は、実際に走っている聖火ランナーの気持ちや、オリンピック出場選手が4年に1度しかないチャンスに向けて努力してきた事などを考えてほしい」と発言した。
- 大道典嘉との対談で、「俺もプライドとか捨てて、バットを短く持てばよかった」と語った。
- ドラマイエローカードでは父親役の福田正夫(陣内孝則)が長島茂雄の大ファンで息子を一茂と名づけた設定である。
- リップクリームを常に所持しており、匂いを吸う事で落ち着く。ワインコレクター。
- 行列の出来る法律相談所にゲスト出演したときに、島田紳助から「9年間で18本だけど、解説者としてはよく語るね」と言われた長嶋本人は「局が野球解説で呼んでくれたのならば何ぼでも解説していいんだな」と解釈して番組に出演しているとの事。尚この話は長嶋が人生が変わる1分間の深イイ話にゲスト出演した際に、行列のスタッフが投稿して見事全員一致の深イイ話で行列スタッフが5万円を獲得した珍事でもあった。(これで2度目)番組でも「俺はバカ息子と言われるけど、日本全国二世・ジュニア・バカ息子だらけ」と居直って爆笑された。
- 引退後、格闘技に挑戦し得意だったことから「俺はボールを使うスポーツは駄目なんだ」と発言している。
(出典:Wikipedia)
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