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1.経歴・人物
1.2.プロ野球選手時代
1988年、関根潤三率いる東京ヤクルトスワローズにドラフト1位で入団。プロ初安打をホームラン(神宮球場での巨人戦、ビル・ガリクソン投手から)で飾り、『ミスター二世』として注目を集めた(ただし、この初ヒットまで凡打を繰り返しており、なおかつこの打席でのガリクソンの投球は甘いストレートばかりという不可解な一面もあった)。
野村克也がヤクルト監督就任した1990年以降は出場機会が減少。野村は一茂の身体能力については一定の評価を与えていたが、ある時マスコミから「なぜ一茂を試合で使わないのか」という質問を受けた際「逆に尋ねるが、あんたが監督ならあいつ(一茂)をレギュラーで使うのか」と返答するなど、プレイヤーとしての総合的評価には疑問を呈する態度を貫いている。1992年にはマイナーリーグ・1Aベロビーチ・ドジャースに野球留学したため出場機会がなかった。
1993年、父・茂雄が監督に就任した読売ジャイアンツへ金銭トレードで移籍。翌1994年には持ち前のムードメーカーぶりでチームのリーグ優勝、日本シリーズ制覇に貢献した。
しかし後に成績が低下し、1996年、当時の土井正三守備コーチから「バントをしろ」と言われたことに対して「いらねぇよ!あんな奴!!」と暴言を吐くという事件を起こしてしまう(球団から罰金50万円と二軍降格に加え、無期限出場停止処分を受けた)。同年オフ、父・茂雄から「一茂、お前は来年の戦力構想に入っていない」と戦力外通告を受けた。獲得の意向を示す球団もあったが、「これ以上迷惑をかけたくない」と、現役を引退。
記者からの一茂の引退に関する質問に父・茂雄は「プロ野球選手だって1年契約の世界ですから」とコメント。日本のプロ野球選手がいかに成績次第で進退に左右されるかが浮き彫りとなった。
(出典:Wikipedia)
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