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2.エピソード
- 早稲田中・高等学校から早稲田大学へと進学した理由は、「福澤」という姓からである。福澤諭吉が創設した慶應義塾大学とはライバル校である早稲田を選んだ。中高とも男子校だったため「大学は女性がいっぱいでパラダイス」等の発言や「男子校だったので性欲が」と言うトークもあった。
- 1988年に日テレへ入社したため、自らを「昭和最後のアナウンサー」としており、自身の著書の名前にした事もある。
- 就職活動時フジテレビも受験しており、その際の面接官は後に自らが司会を務めることになる『SHOW by ショーバイ!!』の初代司会者であった逸見政孝だった。しかし、日テレから内定を受けていた福澤はあまり熱心には受験せず、よそ見ばかりしていたため不合格になったという。このエピソードは、彼がフリーになった直後に、大学からの友人である八木亜希子に「私たちは真剣に受けていたのに、福ちゃんは内定があるからってよそ見ばかりして…」と、テレビで発言された(八木も日テレを受験していたが、福澤とは逆に最終面接で不合格となった)。
- 全日本プロレス中継の最初の仕事は三冠ヘビー級王座になったジャンボ鶴田にインタビューすることだったが、血だるまの鶴田に対して完全に腰が引けていた。
- かつてテレビ番組で語っていたところによると、日テレ時代、上司の福留にどれだけ挨拶しても無視され続けたという。その後福留がフリーになり、福澤が『ウルトラクイズ』『高校生クイズ』を引き継ぎしばらくたって局の廊下ですれ違ったとき、福留のほうから「福澤君、がんばってるねぇ」と言い寄ってきたという。「フリーになると態度が変わりましたねぇ」と若干福留を揶揄した口調であった。
- 全日本プロレスで絶叫していた「ファイヤー」というフレーズは『高校生クイズ』が原点であった。最初の第11回(1991年)福留の後任のアメリカ横断ウルトラクイズ同様ジャストミートを決め台詞でする方向でいたが、沖縄大会前日に、スポンサーのライオンからジャストミート禁止令がでた(1991年からの10年間は番組では一切ジャストミートは封印されている)。
- プロレス技の破壊力を体で実感するために、全日本の道場へ出向いて各種の技をかけられてもいる。
- 「プロレスニュース」では、そのコミカルさがプロレスファンに逆に嫌われ、苦情の投書や電話が局に殺到。中には脅迫めいたものもあったため、福澤は自己防衛として背広の胸ポケットに厚めの財布を入れ、さらに万が一襲われた際の決定的瞬間を撮るべく、レンズ付きフィルムを常備していた(『週刊プロレス』においてのインタビューにて)。
- 日テレ在籍時にはエッチトークや変態発言を連発するので「セクハラアナ」と言われる事がたまにある。実際、自分のコラムなどにもエッチなトークが炸裂したり、高校生クイズでも何度もエッチな発言が多かった。アナウンサー紹介ページ(日テレアナウンサールーム)では福澤のセクシートークが書かれている。尚フリー転身後もセクハラまがいの発言もあり、菊川怜が「それは完全にセクハラ発言」と反論している。
- 日テレ在籍時代、『とんねるずのみなさんのおかげです』の番組内コーナー「博士と助手」のとんねるずVSTHE ALFEEとの卓球対決企画において、観客として観戦に来ていたためフジテレビの番組に映った過去がある(同席者に見栄晴)。これは、とんねるずVSTHE ALFEEの対決の前に「エキシビジョン・マッチ」という形で「福澤朗VSボブ(とんねるずの当時マネージャー)」で一戦が組まれており、そこで2人の卓球対決が行われたためである。そして、試合終了後にそのまま観戦したものと思われる所が映った(放送内ではその件については一切触れられなかった)。
- パソコンや携帯電話などの扱いが不得意のアナログ人間であり、自称「アナログアナウンサー」と言っている。実際に退社する前も退職届の書き方をホームページで検索するのに苦労していた事や、舞台の脚本をパソコンを使わずに原稿用紙に手書きで書いたと言っていた。今でも自分専用の携帯電話は所持しておらず、妻の携帯電話を兼用している。また、「いい塩梅ですね」や「ご唱和ください」など昭和風な古い言い回しを多用する。
- 妻は香川県小豆島出身で、元全日空のキャビンアテンダント。そのためか、番組などでさぬきうどんの話題があるとうんちくを語ることがあった。
- 尚福澤が所属しているイーストは偶然にも全日空(ANA)が放送局・広告代理店以外での主要株主であり、更にANAの国内線・国際線で放映しているANAトラベルナビゲーターの番組制作はイーストが担当している。1
- 『DOORS』、『DOORS 2006』、『DOORS 2007』、『DOORS 2008』で独特の決めゼリフ「君に幸あれ」「ビビデバビデブー」「ウェルダン」を披露。「ビビデバビデブー」は映画『シンデレラ』での歌「ビビディ・バビディ・ブー」から。「ウェルダン」はよくできましたの意味。
- フリー独立後は、司会を務める番組での不祥事・打ち切りや視聴率低迷が続いた。『厚生労働大臣に対する偏向報道および出演依頼ねつ造では、福澤本人ではなく局アナに代理謝罪させるなど、一貫性のない対応で批判を浴びた。
- 根っからの鉄道ファンで、『さんまのまんま』出演時には明石家さんまが奈良県出身ということで、奈良県を走る近畿日本鉄道の鉄道模型車両を持ち込んで披露していた。『鉄腕!DASH!!』に福澤が出演していた際、電車ネタの企画が多かった点や高校生クイズの地方大会で列車を使う点や第20回の全国大会(ミステリー列車)もそれが関係していたためとされている。フリーになったばかりのころ、『おしゃれイズム』に出演した際、番組からのプレゼントとして福澤の顔写真がプリントされたプラレールがプレゼントされた。
- 水泳コーチで北島康介らを指導している平井伯昌は、高校の同級生。
(出典:Wikipedia)
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