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1.生涯
1552年に玉木忠吉の子として生まれた。1564年、13歳の時に真言宗勝楽寺に入り修行する。下山後に毛利氏の家臣としての主要な行動を開始し、1569年に旧領の周防国山口に侵入した大内輝弘追討に参加している。その後天正年間には尼子氏の尼子勝久、山中幸盛らに追討に参加し、1578年の上月城の戦いにも加わっている。1580年6月、毛利氏と織田氏の対立が激しくなる中、上方に赴いて曲直瀬道三流の医術を修行する。修得後に帰国し、1585年の豊臣秀吉による四国征伐に参加。1587年頃より毛利氏の領国支配の強化のため、安芸国、備後国、周防国、長門国、石見国、出雲国、伊予国等の検地を実施している。
1592年から始まる文禄の役にも毛利氏家臣として出征し、朝鮮の地で代官職である「郡外邦」に任ぜられた。1593年に朝鮮の地から引き上げ、豊臣秀吉による伏見城築城に参加している。 1600年の関ヶ原の戦いの時の行動は不詳であるが、敗戦後は毛利氏に従い周防・長門国に移住した。そして50歳を過ぎ、老境に入ったことから自身の健康のためにも医術に専念するようになる。1633年、82歳の長寿で没した。
(出典:Wikipedia)