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3.風土人文
高昌住民は主として漢族である。漢や魏の屯田兵、中国内地の戦乱からの避難民の後裔である。少数民族として、昭武九姓や西方からの移民が住む。そのため、高昌国の官制、兵制、賦役制、士族制は漢や晋の制度を踏襲している。ただし道具類には特色が見られる。漢民族の伝統文化が高昌にも根付いている。自然崇拝や仏教を信仰している。十六国の時代にはゾロアスター教も流行したが、仏教が最も重要な宗教だった。道教も一時的に影響を与えている。
高昌は、玄奘三蔵の西域求法の発着点であった。630年に玄奘が出発した時は、文泰に歓待され、城内には50余りの寺院が存在した、と、『大唐西域記』に記している。その後、640年、玄奘がインド遊方の後に帰着した時には、高昌は既に滅んだ後であった。そのため、『大唐西域記』に記す際に、玄奘は「高昌故地」という表現を用いた。
高昌の気候は温暖であり、養蚕、麦作がたびたび行われた。赤塩、白塩、ブドウ、凍酒、ハミウリ、白麺、畳布(棉布)、糸等も産する。
天山南北孔道沿いにあり、シルクロード北路の要所であった。政治が安定し、物産が豊かで、文化が発達していたため、東西の使節や商人、僧侶が頻繁に往来した。しかし、15世紀初頭には寂びれた。
(出典:Wikipedia)
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