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8.評価
8.13.民主主義と戦争

大戦中「民主主義の武器庫」を自称していたアメリカは、それとは裏腹に深刻な人種差別を抱えていた。人手不足から被差別人種であるアフリカ系アメリカ人黒人)も従軍することになったが、大戦中に将官になったものが1人もなく、大半の兵は後方支援業務に就かされる<ref>実際の戦闘に参加したものは5%に過ぎなかった。</ref>など差別は解消されなかった。<ref>アメリカ政府によるアフリカ系アメリカ人に対する法的な差別の解消は、1960年代に活発化した公民権運動とそれの結果による公民権法の成立を経なければならなかった。ただし、現実の差別解消はその後数十年経った現在もなお完全に実現されたとは言い難く法の下では平等であっても社会的な生活階層に占める人種割合や下位の社会階層から抜け出る事が人種により差が残る等世俗慣習として差別は依然として残っている。アメリカ政府はアメリカは自由で平等な国であるので、差別は国内には存在しないとしている。</ref>参戦によっても差別構造が変わらなかったのは、主に暗号担当兵として多くが参戦したネイティブ・アメリカン先住民)<ref>ナバホ族の難解な言語をそのまま暗号としてを用いた。コードトーカー参照</ref>も同様であった。

また、根強い黄禍論に基づいて繰り広げられた日系人に対する差別は、対日戦の開戦後に強行された日系人の強制収容により一層酷くなった。これは第二次世界大戦におけるアメリカの汚点の一つであり、問題解決には戦後数十年もの時間を要し、日系アメリカ人については1988年の「市民の自由法」(日系アメリカ人補償法)、日系ペルー人に至っては1999年まで待たなければならなかった。また、現在でもこれらの大戦時の日系人への差別行為の歴史については、アメリカ史の触れられたくない部分として、アメリカ社会では語ろうとする事さえタブー視される事が珍しくない。

一方で第442連隊戦闘団などの日系アメリカ人部隊の果敢な戦いぶりは、戦後日系アメリカ人に対する見方を大きく変える原動力となったが、あくまで印象が変わったという程度であり、現在においても、非公式な場での差別発言やアメリカ政府が日本政府に強硬に要求する態度に、アメリカ優位のものの見方が現れている。

また、敗戦国・日本に対し、大戦中戦争を指導するどころか、経験した事も無い戦後生まれが多数を占める現在においても、「謝罪と賠償は相続される」との観点(この論理からは、日本は、未来永劫謝罪と賠償をしなければならないとされている)から、大戦当時は国家として存在すらしていなかった中華人民共和国や大韓民国によって謝罪と賠償を求めるロビー活動が、当該国内や日本国内、日本の最大輸出先であるがゆえ、日本に対し大きな影響力を持つアメリカ国内においても活発であり、また金銭面の誘惑からそれに同調、加担するアメリカの議員も多い。

(出典:Wikipedia)

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