ランキングモンスター
6.影響
6.3.ヨーロッパ
スウェーデン
スウェーデンは、ナチス・ドイツのチェコスロバキア併合を目の当たりにした頃から危機意識を強め、スウェーデン社会民主労働党政権の元で大規模な軍備の増強を行っていた。すでにスウェーデンは、ナチスの台頭によって開戦は避けられぬものと考えていた。1939年にナチスは、スウェーデンとデンマーク、ノルウェーに対し不可侵条約を申し入れたがスウェーデンとノルウェーは拒否する。<ref>デンマークは受諾した。</ref>1940年、ナチス・ドイツが不可侵条約を破棄し北欧に宣戦布告(北欧侵攻)するとスウェーデンは他国への援助を一切拒否し、武装中立を貫いた。しかし戦後、スウェーデンの中立は利己的なものとして非難されている。開戦期には、枢軸国寄り、後期は連合国寄りである。もっとも単なる中立ではなく、両者に対する和平交渉仲介も行った。
- 武装中立政策を取っていたものの、第一次世界大戦時と同様義勇軍を組織していた。なお、戦火に見舞われた近隣のデンマークやノルウェー、フィンランドのレジスタンスを匿うと同時にユダヤ人を保護したことはその後大きな賞賛を受けた。
- 武装中立化においてスウェーデンは、50万人の国民軍を形成することに費やした。これによってナチスの侵攻を食い止めることを前提とするものであった。しかしスウェーデン政府は、上記の通り、ナチスに対する義勇軍を黙認し、デンマーク、ノルウェー、フィンランドに対するレジスタンスの保護及び支援を行い、ナチス・ドイツの敗勢以後は連合国との連係を強め、最終的には連合軍の勝利に貢献した。ただしこの中立は、初期にはナチスに譲歩し、後期は連合国の要求に応じるなど中立性に欠けるものとして、戦後、国内外から非難された。
- 大戦期にスウェーデン政府は外交交渉を頻繁に行った。対戦初期、ナチス・ドイツの侵攻に対し、ナチスと面識のある元探検家スヴェン・ヘディンをドイツへ派遣し、直接ヒトラーからスウェーデン侵攻の意図が無いことを確認させることに成功した。大戦末期には大日本帝国と連合国に対するスウェーデン外務省仲介による和平交渉も行っている。また、スウェーデン王家の一族であるスウェーデン赤十字社副総裁フォルケ・ベルナドッテを通じて、ヒムラーと和平交渉も行っている。さらにフィンランド救済のためにソ連との和平交渉仲介も行われたが、結果的にスウェーデンの和平交渉はすべて失敗に終わった。1944年にはラウル・ワレンバーグによるユダヤ人救出も行われた。
- スウェーデンの軍備拡大は必ずしも対ナチス・ドイツを対象としたものではなく、中立を宣言した様にナチスに対し敵愾心を持っていた訳ではなかった。戦争開始時点では、ソ連のフィンランドに対する圧力に重点がかかっており外交にもそれが優先されていた。ソ芬戦争においては、ナチスの支援の元、フィンランドとの軍事同盟が構想されていた。しかしソ連の抗議によって破談する。ナチス・ドイツが北欧侵攻を開始したことでスウェーデンは中立を余儀なくされたのである。<ref>フィンランドへの義勇軍は、ナチスではなくソ連に向けられていた。</ref>しかし大戦後は、伝統的な武装中立に回帰し、対ソ連への外交戦争が開始されるのである(ノルディックバランス)。スウェーデンの外交戦略はすでにナチス・ドイツではなく、戦後の東西冷戦に向けられていたのである。
(出典:Wikipedia)
ランキングモンスタートップ>第二次世界大戦>スウェーデン