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6.影響
6.3.ヨーロッパ
ドイツ
世界を戦争の渦に巻き込んだアドルフ・ヒトラーは敗戦直前に自殺。残虐行為を実行した親衛隊の長官ハインリッヒ・ヒムラー、ナチスイデオロギーの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスも同じく自殺し、残されたヘルマン・ゲーリングなどナチス首脳部の一部は、連合軍による国際軍事裁判(ニュルンベルク裁判)によって裁かれ、ゲーリング、リッペントロープ外相、ヴィルヘルム・カイテル元帥ら12名に絞首刑の判決が下された。
その他にも、ヒトラーお抱えの映画監督と言われたレニ・リーフェンシュタールや、ナチス占領下のフランスで、ナチス高官の愛人の庇護のもと自堕落な生活を送っていたココ・シャネルなど、国籍を問わず、ドイツの犯罪行為に加担したと考えられる芸術家や実業家なども非ナチ化裁判で罪を問われ、活動を禁止された者が数多くいた。
- 領土の喪失
- 第一次世界大戦後も領有していた東プロイセンやシュレジエン、ナチス政権が回復した旧ドイツ帝国の領土であるダンツィヒやポーランド回廊など、オーデル・ナイセ線以東の広大なドイツ領を喪失した。
- ナチス政権がミュンヘン会談によりチェコスロバキアから獲得していたドイツ人居住地域のズデーテン地方はチェコスロバキアに返還された。
- これらの地域からドイツ人は追放され、大量のドイツ避難民が移動する中で多くの死者が出た(ドイツ人追放)。
- この他、大戦中にドイツが併合した地域<ref>その多くが第一次世界大戦までの旧ドイツ帝国領だった。</ref>は、フランス(アルザス・ロレーヌ)・デンマーク(シュレスウィヒ・ホルスタイン)・ベルギー・ルクセンブルクの諸国にそれぞれ返還された。
- 西部のザールラントは自由州として分離され、フランスの管理下に置かれたが、その後、1957年に住民投票で西ドイツに復帰した。
- ナチス政権が併合したオーストリアはドイツの被占領地域から分離され、1955年のオーストリア国家条約でドイツとの合併は永久に禁止された。
- 東西分割
- 前記の境界変更を行った上で、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4か国によりドイツ全土の分割統治が始まり、中央政府は消滅した。
- ドイツ東部のソ連占領地域内にある旧首都ベルリンについては、全土の分割とは別に改めて上記の4か国<ref>アメリカ・イギリス・フランス管理エリアとソ連管理エリア。</ref>により東西分割された(1990年に再統一)。やがて1948年にはベルリン封鎖が起こり、ソ連と他の3か国の対立が激化した。
- 1948年にはソ連占領地域にドイツ民主共和国(東ドイツ)が、1949年には他の3か国の占領地域にドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立して、民族分断が確定し、東西冷戦の最前線となった。
- 高官の国外逃亡と責任逃避
- 終戦直前にアドルフ・アイヒマンなどの多くのドイツ政府高官が、自らの身を守るためにドイツ国内外のナチス支持者<ref>一部の西ドイツの政府高官もその逃亡に有形無形の援助を行った。</ref>やバチカンの助けを受けスペインやアルゼンチン、チリなどの友好国に逃亡し、そのまま姿を消した。その一部はその後イスラエル諜報特務局や、「ナチ・ハンター」として知られるサイモン・ヴィーゼンタールなどの手で居場所を突き止められ、逮捕された後にイスラエル政府などによって裁判にかけられたものの、残る多くは現在に至るまで逃げおおせ、姿を消したままである。
- 賠償
- ソ連は戦争により被った膨大な被害に対する賠償として、ドイツ東部における自国占領地帯で工業施設の解体・移送を行なった。このことが東ドイツの発展を阻害し東西ドイツの経済格差を生み出す要因となった。また、ダイムラー・ベンツやクルップ、メッサーシュミットなど、ドイツの戦争遂行に加担し、強制労働に駆り出されたユダヤ人を利用した企業は、膨大な賠償金の支払いを課せられることになった。
(出典:Wikipedia)