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第一次世界大戦の戦後処理では敗戦国の戦争指導者の責任追及はうやむやにされたが、第二次世界大戦の戦後処理では、国際軍事裁判所条例に基づき、戦争犯罪人として逮捕された敗戦国の戦争指導者らの「共同謀議」、「平和に対する罪」、「戦時犯罪」、「人道に対する罪」などが追及された。ドイツに関してはニュルンベルク裁判が、日本に関しては極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷された。ドイツではヘルマン・ゲーリングら、ナチスの閣僚、党員、軍人、関係者ら訴追され、ホロコーストや捕虜虐待などに関して、それぞれ絞首刑、終身禁固刑、20年の禁固、10年の禁固、無罪などの判決が下された。日本では戦争開始の罪、中国、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ソビエト連邦への侵略行為を犯したとして、東条英機ら28名が戦犯として訴追され、絞首刑、終身禁固、20年の禁固、7年の禁固刑などの判決が下された。
この裁判では、戦勝国の行為については審理対象外とされたため、連合国側が枢軸国側に対して戦時中行なった国際法違反の戦争犯罪―広島・長崎への原爆投下、ドレスデン大空襲、ハンブルク大空襲、東京大空襲・大阪大空襲など、民間人に対する無差別戦略爆撃は、連合国側の爆撃の方が、枢軸国のものより遥かに大規模であった。また大戦初期のソ連によるポーランド<ref>カティンの森事件については1992年にロシア政府が謝罪した。</ref>、フィンランドに対する侵略。大戦末期のベルリンなど、ドイツ国内におけるソ連兵による虐殺、捕虜虐待、残虐行為や略奪行為。さらに中立条約を結んでいた日本や満洲国に対する侵攻・略奪行為。降伏後の日本の北方領土に対する侵攻・占拠-などについての責任追及は全く行われていない。 また、東欧諸国のドイツ系少数民族の追放やドイツ兵や日本兵のシベリア抑留など戦後の事例について、戦勝国側の加害責任を訴える声も大きいものの、同じく不問とされている。
また東京裁判においては、投獄されていた岸信介がアメリカとの政治取引で釈放された。またサンフランシスコ講和条約締結後は、終身禁固刑を受けた戦犯も釈放される一方、上官命令でやむをえず捕虜虐待を行った兵士が処刑されたりするなど、概して裁判が杜撰であった点は否めない。さらに「人道に対する罪」という交戦時には無かった事後法によって裁くなど、原理的な疑義も指摘されている。
日本では、それら連合軍の残虐な行為が全く裁かれなかった事を、戦勝国のエゴ、勝者の敗者に対する復讐裁判として否定する意見が存在する。また、日本に対する戦争裁判を罪刑法定主義や法の不遡及に反することを理由として否定する意見もある。罪刑法定主義や法の不遡及を守りながら日本の戦争犯罪を裁けるのか、あるいは裁くべきなのか、またその判決が世界に受け入れられるのか、人道罪を否定した場合、虐殺など戦争犯罪を止めることができるのか、など難問は多い。