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イタリアにおいて、ファシズムの政治体制が最初に形成された。第一次世界大戦後、経済が悪化し政情不安に陥っていたイタリアでは、1922年10月28日、ファシスト党党首ベニート・ムッソリーニがローマ進軍を行い、国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の協力もあって権力を獲得した。1925年、議会制民主主義を潰し、1935年10月、エチオピア侵攻を進め、それが元で1937年12月11に国際連盟を脱退した。
ドイツでは1933年1月30日、ヴェルサイユ体制打破とナチズムを掲げるアドルフ・ヒトラーが首相に就任。翌1934年8月2日、ヒンデンブルグ大統領が死去すると総統に就任。独裁的権力を掌握した。ヒトラーは経済的には軍備増強と公共事業により総需要を喚起し世界恐慌を克服した。国際関係では、1933年10月19日国際連盟を脱退。1935年3月16日、ヴェルサイユ条約の軍事条項を破棄して再軍備を宣言。1936年3月にはヴェルサイユ条約で軍隊の駐留が禁止されていたラインラント地方に軍隊を進駐させた。同年10月、イタリアとの間に「ベルリン・ローマ枢軸」の協定が結ばれ、同年11月25日には日本と日独防共協定を結び、翌1937年11月にはイタリアがその協定に参加。その後、これら3国の関係は日独伊三国軍事同盟へと発展してゆく。
日本は米英との協調外交を指向していたが、満洲、内モンゴル(満蒙)の支配権を巡り次第に対立するようになる。日本は昭和金融恐慌以後の苦境からの脱出を図り、円ブロック形成・拡大するため大陸進出を推進した。1931年9月18日、関東軍の謀略による柳条湖事件を契機に満州事変が勃発し、1932年3月1日、日本の傀儡政権満州国を樹立した。それが元で1933年3月27日には国際連盟を脱退。満洲事変後の1933年5月31日、日本は中国と停戦協定を結ぶが、1937年7月7日、北京郊外で盧溝橋事件が発生し日中戦争(日華事変)が勃発した。米英は日本の行動に反発し、日本は次第にナチス・ドイツへの接近を強めていった。