甲府商業高校から1954年に当時の洋松ロビンスに入団。1年目から1軍で活躍するも、当時の大洋は万年最下位で負け数も多く、1956年には22敗を喫する。しかし1960年には先発・リリーフで活躍し、大洋初優勝に貢献。日本シリーズでも好投した。1962年に引退。翌年から1968年まで大洋のコーチを歴任する。