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ジョン・レノンはビートルズとしての初来日以降も、頻繁にヨーコと来日している。アルバム『ジョンの魂』発表直後の1971年1月13日 - 21日に来日した際、同作品への俳句の影響を示唆し、日本語で「しぶいアルバム」と表現している<ref>シンコーミュッジック刊、1972年 ビートルズの軌跡所収、水原健二インタビュー、1971(昭和46)年1月21日、372p</ref>。 また、この来日時にジョンはヨーコと共に歌舞伎隅田川を観劇し、感動のあまり涙を流したという。その際に歌舞伎役者中村歌右衛門の楽屋を訪れたことが縁となり、ジョンは1975年に行われた歌右衛門の英国公演を支援している<ref name="別冊文藝">河出書房新社刊 別冊文藝 ジョンレノン所収</ref>。
1977年~‘79年には、ヨーコ、ショーンと毎年来日し、東京や京都、小野家の別荘がある軽井沢で夏を過ごした(合計約9ヶ月)。軽井沢では万平ホテルの旧館2階にも宿泊し、ホテル内の記念館にはジョンのサインを始め、欲しがったといわれるピアノ等が収められている<ref>ニューヨークで日本語を学んでいた際にジョンが使用していたノートは、Ai ~ ジョン・レノンが見た日本(ちくま文庫・2001年)として出版された</ref>。
日本人の知己としては、ビートルズ来日時に共にインタビューをうけた加山雄三、ニューヨークのジョン夫妻のもとで過ごした時期のある画家横尾忠則<ref name="別冊文藝"/>、来日時に食事を共にした内田裕也と樹木希林夫妻、シンコーミュージック(当時)の星加ルミ子らが挙げられる。また音楽評論家湯川れい子とジョン夫妻の交流は広く知られ、1980年12月5日にもFM東京のラジオインタビューを受けている<ref>ミュージックマガジン、ジョンレノンを抱きしめて、1981年、2000年復刊所収</ref>。 また写真家の篠山紀信は、アルバム『ダブル・ファンタジー』、『ミルク・アンド・ハニー』のカバー写真を撮影している。
日本での売り上げはシングルでは「マザー」、「イマジン」、「スターティングオーバー」、「ラブ」が上位を占め、シングル、アルバムの合計でオリコン誌では210万枚以上に達している。