ランキングモンスター
3.ソロ・キャリア
3.1.ビートルズ解散直後
1970年4月10日、ポール・マッカートニーはイギリスの大衆紙『デイリー・ミラー』でビートルズからの脱退を発表(厳密には、後述のソロアルバム『マッカートニー』販促用に用意した「ポールとの一問一答」という資料の中に「ソロキャリアのスタート」「今後ビートルズのメンバーと作曲することはない」というポールの発言があるのをデイリー・ミラー紙がすっぱ抜いたもの)。これによってビートルズは実質的に解散した。その1週間後(4月17日)、騒動の最中に彼は初のオリジナル・アルバム『マッカートニー』を発売する。脱退の反響が巻き起こした宣伝効果は大きく、アルバムは非常に好調な売れ行きを見せたが、ジョン・レノンからは「グループの脱退宣言をアルバムの宣伝に利用した」として非難され、評論家からは作品の極めて簡素で素朴な内容を批判された。
『マッカートニー』に漂っていたアットホームな作風は、翌1971年に発表されたシングル『アナザー・デイ』およびアルバム『ラム』にも受け継がれる。妻のリンダとの連名で発表した『ラム』は前作同様商業的な成功こそ収めたものの、評論家からは手厳しい批評を受けた。アラン・クラインにまつわる訴訟問題などで険悪な関係に陥っていたビートルズの元メンバーも、『ラム』に対して皮肉じみたコメントを残している。しかしながら、この作品は現在ではその質の高い内容から、彼の傑作のひとつとして高く評価されている。このアルバムからアメリカ限定でシングル・カットされた「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」は、1972年度のグラミー賞で最優秀アレンジメント賞を獲得した。
(出典:Wikipedia)
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