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2.生涯
2.3.ヨルダンへ
アラファート指導下のPLOは、パレスチナ難民が多く居住するヨルダンに拠点を作ってイスラエルに対する越境攻撃を行い、イスラエル軍の反撃を撃退して一挙にアラブ・パレスチナの英雄となる。しかし、勢力を拡大したPLOはヨルダンにおける「国家内国家」となってしまい、ヨルダン政府と利害を衝突させるようになった。
翌1970年、PLOによるテロがヨルダンを巻き込んで国際的に行われるようになると、このことがパレスチナ難民の不安定化によるヨルダン情勢の悪化を恐れるフセイン1世国王の逆鱗に触れ、フセイン国王は9月14日に戒厳令を引いて国王親衛隊のベドウィン(アラブ遊牧民)部隊を投入、PLOを攻撃した(ブラック・セプテンバー事件)。
アラファートはこの事件によってヨルダンから追放されるものの、今度はレバノンの首都ベイルートに移って1970年代を通じてイスラエルに対する武装闘争を続けた。しかし、1982年のレバノン戦争(イスラエル軍のレバノン侵攻)の結果ベイルートを追放され、武装闘争の根拠地を失って政治生命を実質上絶たれた。
(出典:Wikipedia)
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