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1.生涯
1.2.自然科学者としての出発
1873年(17歳)ウィーン大学に入学、2年間物理などを学び、医学部のエルンスト・ブリュッケの生理学研究所に入りカエルやヤツメウナギなど両生類・魚類の脊髄神経細胞を研究し、その論文は、ウィーン科学協会でブリュッケ教授が発表した。
またフロイトは、脳性麻痺や失語症を臨床研究し論文でも業績を残している。これらは彼がすでに、脳の構造と人間の行動、さらには心的活動に深い関心を抱いていたことを物語る。やがて彼は、脳の神経活動としての心理活動を解明するという壮大な目的を抱いたが、当時の脳科学の水準と照らし合わせると目的へは程遠いという現実にも気づいていた。
しかしながら、フロイトは終生、脳と心の働きの連関を「科学的に」解き明かすことを研究の主旨とし、目標とした。したがって、目標達成の可否はさておき、そうした原点を無視して、フロイトの方向性を「科学ではない」などと早計に断じることはできない。
1881年(25歳)ウィーン大学卒業。1882年(26歳)、後の妻マルタ・ベルナイスと出逢う。彼は知的好奇心が旺盛であり、古典やイギリス哲学を愛し、シェークスピアを愛読した。のちの彼の著作に多く引用されるシェークスピアに関する知識は、この時代に培われたといってよい。
難しいことを平易に書きこなす美文家であり、また非常に筆まめで、友人や婚約者、後には弟子たちとも、親しく手紙を交わした。
なかでもにあたる自己省察を、フリースを相手に突き詰めていったものとしてたいへん価値がある。
(出典:Wikipedia)
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