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1992年の「統一教会(世界基督教統一神霊協会)」の合同結婚式に参加した山崎浩子が、翌1993年の脱会記者会見の際に、「マインド・コントロール」されていました」と発言したことと、同年、同じ統一教会の元信者で社会心理学のスティーヴン・ハッサンが書いた『マインド・コントロールの恐怖』という著作がベストセラーになったことでマインド・コントロールという言葉が社会に知られるようになった。同時に、そのようなマインド・コントロールを行なうような宗教団体に対し、「カルト」という言葉が使われるようになった<ref name="kensyou">魚谷俊輔 『統一教会の検証』(光言社 1999年9月1日)ISBN 978-4876560813</ref>。 この「カルト」という呼称には20世紀前後の社会学としての定義にはなかった「反社会的な集団」、「危険な集団」、「わけのわからない不気味な集団」といった「否定的なニュアンス」が含まれるようになった。マインドコントロール論支持者はカルトの定義を企業、政治団体などに拡大していったが、さほど浸透はせず、日本では一般に新興宗教団体を指す場合が多い。
特に一連のオウム真理教事件は、思想・信教の自由に対する配慮から行政が及び腰になり捜査が遅れ、テロを防げずに被害を拡大してしまったという社会的非難が大きくなったこともあり、それまで「宗教の自由」「信教の自由」という名の下に見過ごされてきた宗教団体による人権侵害等を見つめ直す土壌が作られた。
オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こった後、1995年の11月に精神科医で東邦大学助教授の高橋紳吾が日本にもアメリカのCAN(カルト警戒網)のような組織が必要だとして「日本脱カルト研究会」を設立した<ref name="kensyou" />。
マスメディアなどで問題のある宗教団体に対し、“カルト”という言葉を用いるようになって来ると、”カルト”と呼ばれた団体が相手を名誉毀損で訴える訴訟が起こされた。「ワールドメイト」が雑誌を訴えた裁判では、1997年2月4日の東京地裁がカルトと評することについて「抽象的ながらも否定的評価を示す場合があるとしても、不当ないし、不合理までとは言えず、表現の自由の範囲内のものとして許容される』旨の判断を下し、請求を棄却した。また、「ライフスペース」がフジテレビ及び、その番組のコメンテーター、ウェブサイトの主催者らを訴えた事例では、2000年3月24日の東京地裁が「カルトという言葉は文脈によっては社会的評価を低下させる場合もあるものの、(本来は熱狂者の集団を意味するものであるから)直ちに他人の評価を低下させるものではるとまではいえない」旨の判断を下し、こちらも請求を棄却した(<ref name="q&asyukyotorouble" />、p129-p130)<ref name="troubletaisaku" />。
1999年3月、日弁連消費者問題対策委員会は、宗教的活動にかかわる人権侵害についての判断基準(1.献金等勧誘活動、2.信者の勧誘、3.信者及び職員の処遇、4.未成年者、子供への処遇)を示した「反社会的な宗教活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」と題する意見書を発表したが、「日本宗教連盟」を初めとする宗教界からは強い反発が起こった<ref name="troubletaisaku" />。
このような事件が相次いだこともあり、社会的な問題を起す団体を「カルト」と呼ぶことが定着してきた。2000年9月、岡山高裁においては宗教団体(統一教会)による勧誘・教化行為の違法性を認めた全国初の判決(判例時報1755号 P93)最高裁平成13年2月9日決定)が出たように、社会が宗教を見る目は厳しくなって来ている<ref name="nihonno10dai" />。
日本で一般に説明される「カルト」とは少数であっても熱烈な信者が存在するような宗教的団体を指す。カルト教団、カルト宗教ともいう。教祖が絶対的な権威を持つカリスマであり、その教義に排他的な所や反社会的な内容があることが多い。また、教え自体が、教祖の宗教的な信念に基づく思想ではなく、経済的搾取等の自己の欲望のために信者を利用するための表向きの看板に過ぎないことも多い<ref name="cultka" />。
日本の各教団のその誘訪方法はほぼ同じで、まず美辞麗句で誘い、詳細を知らせず入信させ、実践させていくことで精神を変えてしまう、というもの。そして「辞めたら不幸になる」と脅される。
なお、カルト問題に長年関わってきた旧約聖書学者の浅見定雄(東北学院大学名誉教授)は、カルト問題は「宗教問題」ではなく「社会問題」だとしている。