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日本国憲法は、大日本帝国憲法に定める改正手続(第73条<ref> 大日本帝国憲法 - 第七十三條:将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ。此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス</ref>)を経て成立している。しかし、その内容において、主権(統治権)が「天皇」から「国民」へ移っているため、憲法改正には一定の限界があるとする立場(憲法改正限界説)からは、日本国憲法は大日本帝国憲法の改正憲法ではなく、全く新しい別個の憲法であり、しかも、それは、国民自らが制定した民定憲法であるとする。
この点について、憲法改正限界説に立ちつつ、これを整合的に無難に説明する見解としては、八月革命説がある。この説は、天皇及び日本政府が8月にポツダム宣言を受諾したことで、国民の憲法制定権力を認めて主権の所在が変更し、法学的意味での革命が行われたとする。その結果、大日本帝国憲法は、改正条項も含めて、ポツダム宣言の趣旨と矛盾する限りにおいて失効した。にもかかわらず大日本帝国憲法の改正手続を用いて新憲法を制定したのは、新旧両憲法の間に法的連続性の外観を与えることにより、急激な価値転換により惹起される混乱を予防しようとする政策的意図によるものと説明する<ref>宮沢俊義『憲法の原理』岩波書店、1967年。375頁以下。</ref>。
また、憲法改正無限界説によれば、改正手続きが正しく行われれば主権の所在を変更することも可能であるから、主権が移動したこと自体は特に問題とされない。なお、憲法改正無限界説に立ちつつ、日本国憲法は、その制定過程から見て大日本帝国憲法の全部改正であって新憲法の制定ではなく、欽定憲法であって民定憲法ではないとする見解もある(全部改正説)<ref>佐々木惣一『改訂日本国憲法論』有斐閣、1952年。71頁以下。</ref>。
この点について、日本政府は、憲法改正限界説・無限界説のいずれに立つか明示することなく、「日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正手続によって有効に成立したものであって、その間の経緯については、法理的に何ら問題はないものと考える。」と表明している<ref>9月27日提出、「森清議員提出日本国憲法制定に関する質問主意書」に対する答弁書。本答弁書は、自由民主党に所属する衆議院議員の森清 (愛媛2区)が提出した質問主意書に対して、中曽根内閣が決定したものである。質問の内容は「明治憲法の根幹は『天皇統治』であり、新憲法は、『国民主権』となっている。このように、憲法体制の根幹の改変は、その憲法の改正手続によってはできないのではないか。」というもの。</ref>。