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1950年におこった朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後も、南北双方ともに相手方の支配地域は自らの領土であると主張しつづけていた。北朝鮮はながらく首都をソウルと定めていたが、1972年の憲法改定によって初めて首都を平壌と定めた。これは近いうちの南北統一を断念したものと多くの人から受け止められた。
北朝鮮に対して激しい敵視政策をとっていた大韓民国(韓国)は金大中政権発足のころからクリントン政権期のアメリカ合衆国に歩調をあわせて(あるいは歩調をあわせざるを得ずに)融和的な政策に転換した。融和的態度を国内から批判され敵対的言動へとシフトした金泳三時代を反省した金大中政権は、対北朝鮮政策の融和化を「太陽政策」(原語では「日光政策」)と呼んで説明した。しかし北朝鮮による2006年の核実験以降、韓国国内でも北朝鮮への批判が高まり、経済支援は停止された。韓国国民の世論は、血縁や兄弟が北朝鮮に住む者も多く、北朝鮮に同情的だが、核実験後は太陽政策への批判が一時強まった。2008年に李明博政権が太陽政策を改める政策や軍幹部の失言も相次いだ。こうしたことから北朝鮮の戦闘機が軍事境界線付近に飛来、韓国側もスクランブル発進するなどして、一触即発の状態が続いた。更に、2009年1月17日には、北朝鮮が韓国との「全面対決」を宣言するなど、李明博政権発足以降の南北関係は緊張が高まっている。
韓国人拉致(拉北)問題、北朝鮮の経済的な破綻や人権問題などもあり、南北統一の実現には未だ少なからぬハードルが残されている。失敗国家ランキング12位の北朝鮮と152位の韓国とは経済力に差がありすぎるために統一したら韓国の経済に影響が出ると懸念がある。1980年には、北朝鮮が高麗民主連邦共和国創設と、(統一より)低い段階での連邦制を提示した。冷戦終結以後は雪解けが進み、南北国連同時加盟や共同声明として結実。
詳細は朝鮮統一問題を参照。