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テオドシウス1世-ゴート族への外交方針について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
3.ゴート族への外交方針

東ローマ帝国はテオドシウスの統治下、比較的安定していた。しかしながら、アドリアノープルの戦いの後、バルカン地域に定住したゴート族とその他の北方蛮族の対策に終始彼は忙殺されていた。アドリアノープルの戦いとその後のゴート族の侵入の影響は甚大で、当時テオドシウスと共同皇帝であったグラティアヌスが自身の属州であったイリリアの統治を放棄し、ガリアトリアーに退いてしまうほどであった。アドリアノープルの戦いの後のローマ軍の最大の弱点は、主に、蛮族と戦うための傭兵として蛮族を雇っていたことであった。テオドシウスは、東ローマ帝国全土に布告を出して退役兵などを強制召集し、事態を打開しようとした。さらにドナウ南岸に暮らす人々を徴兵してゴート族掃討にあて、目覚しい戦果を挙げた。

だが、379年サーサーン朝ペルシャの王、シャープール2世が死去。後継者争いの影響で帝国東方に不穏な雲が立ち込めたため、これ以上のゴート族との戦闘は不可能とテオドシウスは考え、同年ゴート族にトラキア北部への移住を認めた。ただし、これまでの移住と異なり、ゴート族は同盟者 (fodus) として移住したため、帝国への納税義務はなかった。

これにより、ドナウ川河畔は一時的に安定したが、ローマ帝国の蛮族化が急速に進んだ。また、一時は成功したかのように思われた蛮族移住政策も、テオドシウスの死後、395年西ゴート族の族長アラリック1世の反乱によって破綻してしまった。

(出典:Wikipedia)

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