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アメリカはアメリカ合衆国憲法修正条項第1条に検閲の禁止を掲げている。これは議会も大統領も遵守しなければならない。但し、国務省・国家安全保障局は公式に認めていないが、安全保障の観点から「エシュロン」を用いて、全世界で電気通信の内容を例外なく全て傍受しているといわれる。即ち、アメリカでは絶対に検閲はできないが、監視はできるのである。
また上からの検閲はないがコード(code)と呼ばれる自主規制がある。自由主義国家で個人主義を尊重するアメリカではメディアを通じた啓蒙運動の外観をとりながら大衆の意識に直接訴える「誘導型」の傾向が統制よりも好まれる。太平洋戦争においてはラジオ、湾岸戦争ではテレビが現地の様子を伝えるために活用されたが、資本集約型の新聞や放送事業への規制緩和や海外市場への門戸開放といった「アメ」で懐柔しているとする批判もある。
この自主規制は例えば出版・放送・映画業界への公権力介入を防ぐ意味もある。しかし、規制の裏付けとなっている宗教観や倫理観(例えば中絶反対といった生命観など)が世論へのプレッシャーとなっているのもまた指摘される点である。何よりも大手のマスメディアが独占資本であることは、常に行政から訴訟を起こされる危険を抱えている事<選挙とのタイミングを計りながら互いの出方を窺っている点>と同義である。
行政委員会や裁判所は国民の権利を守る存在であり大きな影響力をもつが、人権や安全保障の観点より一つ一つの手続きをなすにも煩雑で時間がかかり、これがまた国民からみると敷居の高い障壁に見えることもある。
また受け手も人種や社会階層ごとのメディア・リテラシーの違いが問題となる。特に低所得者層の黒人やヒスパニックはテレビから得る情報の影響が大きい。また人種相互の見えない壁が対立を生み情報の選択・判断を狭めている問題は最大の問題といっても過言ではない。アメリカはたしかに「自由の国」ではあるが自由の基盤は複雑である。しかし、20世紀においてアメリカ以上に言論により体制への批判を行なった国はない点もまた事実である。