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2.沿革
- 1950年12月15日 - 設立。
- 1951年9月1日 - 午前6時30分日本初の民放としてラジオ放送を開始。社屋:現在のCBC放送センターの場所で送信所の様な社屋だった。正面玄関の壁に「1090kc JOAR」の点灯式看板が付いていた(kcというのは現在のKHzである)。社屋の写真は社史で確認出来る。送信所:愛知郡鳴海町伝治山(現・名古屋市緑区鳴海町伝治山=現在、県営伝治山住宅などがある。詳細はこちらを参照されたい)
- 1952年1月 - 民間放送初の大相撲中継を放送。
- 1953年3月2日 - 2009年現在も放送中の、松下電器産業(現:パナソニック)提供平日早朝の長寿ラジオ番組『歌のない歌謡曲』が放送開始。
- 1953年8月 - 本局周波数を1070kcに周波数変更。
- 1956年11月 - 本社社屋であるCBC会館落成。
- 1956年12月1日 - テレビ放送を開始。日本テレビ・ラジオ東京とのクロスネットでスタート。
- 1958年6月 - ラジオ東京(KRT、現在のTBS)、北海道放送(HBC)、大阪テレビ放送(OTV、現在のABC)、ラジオ九州(RKB、現在のRKB毎日放送)とテレビニュースネットワークに関する協定を締結。
- 1959年8月1日 - JNN協定締結。
- 1959年10月 - ラジオ本局周波数を1030kcに周波数変更。伊勢湾台風に伴う一時的変更と思われる。
- 1960年2月1日 - KRT・ABC・RKBと四社連盟を結成。開局以来放送されていた日本テレビ系列番組の殆どが姿を消す(翌月、HBCが加わり五社連盟となりこれがJNNの基本協定となる)。
- 1960年4月 - ラジオ本局周波数を1070kcに変更。
- 1960年6月 - 全日本アマプロゴルフ選手権大会(現・『中日クラウンズ』)を開催。
- 1962年2月 - ラジオ本局周波数を1050kcに変更。
- 1964年9月 - カラーテレビ放送開始。中京地区では東海テレビと共に初。
- 1965年3月29日 -「0時半です松坂屋ですカトレヤミュージックです」の冒頭アナウンスで知られる松坂屋提供の長寿ラジオ音楽番組『カトレヤミュージック』が放送開始。初代パーソナリティーは日比英一アナウンサーほか。のち、岸佳宏、荒川戦一、島津靖雄、小堀勝啓、多田しげお、中西直輝、森合康行各アナウンサーなど歴代、CBCのアナウンサーが司会を担当(~2008年3月30日終了)。
- 1965年5月2日 - ラジオネットワーク・JRNに加盟。
- 1966年 - ザ・ビートルズ日本公演を主催。
- 1966年4月17日 - 視聴者参加型テレビ番組『どんぐり音楽会』放送開始。初代司会は柳有。後に砂川啓介の司会で同局を代表する人気番組となる。
- 1966年10月10日 - ラジオ番組『朝の歳時記』放送開始(~2005年3月31日終了)。初代パーソナリティーは矢島正明。1969年より登板した3代目パーソナリティー・川久保潔の名調子で長年にわたり親しまれる。
- 1967年7月26日 - 視聴者参加型テレビ番組『天才クイズ』放送開始(~2004年9月25日終了)。初代司会はタレントの久里千春。後に高松しげお、斉藤祐子、林家こぶ平(現・林家正蔵)と司会が交替しながら37年余りにわたる長寿番組となる。
- 1968年11月4日 - 平日昼のラジオ帯番組『ばつぐんジョッキー』放送開始(~1986年10月3日終了)。上岡龍太郎、はかま満緒、板東英二、つボイノリオ、チェリッシュ、種村直樹らがパーソナリティーを担当。
- 1969年5月5日 - CBC会館で火災発生。マスターもサブも焼ける。テレビは1時間17分停波したがラジオは奇跡的に停波せず。なお、このとき真っ黒に焼け焦げたテレビマスターの写真が社史に掲載されている。
- 1969年12月26日 - 社屋1階にオープンスタジオ「レインボースタジオ」が完成。
- 1971年11月 - AMラジオ出力を50kWに増強。
- 1971年11月17日 - 「カトレヤスタジオ」完成。これに伴いそれまでは松坂屋の店内より放送されていた『カトレヤミュージック』は同スタジオからの放送に切り替えられる。
- 1972年4月10日 - 平日朝のラジオ番組『ラジオ朝市』放送開始(~1993年10月1日)。パーソナリティーはローカルタレントの新間正次。
- 1974年 - ラジオ番組『ばつぐんジョッキー』にて中日ドラゴンズ応援歌『燃えよドラゴンズ!』を発表。
- 1974年10月1日 - 中京広域圏初のローカルワイドニュース番組『CBCニュースワイド』放送開始(~1999年3月26日に平日版、2002年3月に土曜版終了)。初代キャスターは日比英一アナ。以後、岸佳宏アナ、石塚元章記者と続く。
- 1975年3月31日 - 五社連盟加盟局朝日放送が腸捻転解消により離脱。入替りに毎日放送が加盟<ref>当時CBC社長を務めていた小嶋源作は、朝日放送が朝日新聞社からネットチェンジを迫られている今こそ、こちら(五社連盟)から朝日放送に対してテレビネットワークの打ち切りを通告すべきと考えていたという。(小嶋源作「CBCとともに」より)</ref>。
- 1976年 - 同局発全国ネットのトーク番組『すばらしき仲間』放送開始(~1992年3月終了)。第1回ゲストは作家の藤本義一・井上ひさし。
- 1978年11月23日 - AMラジオの周波数を変更。名古屋親局は1050kHzから1053kHzに。同時にラジオ送信所を名古屋市緑区鳴海町伝治山から現在地(三重県桑名市長島町松陰)に移転。
- 1981年10月5日 - 同局初の平日夕方5時台のワイドテレビ番組『ぱろぱろエブリデイ』放送開始(~1983年9月終了)。司会は久野誠アナウンサー。「なめ猫」ブームの火付け役となった番組として知られる。
- 1982年10月4日 - 若年層向けラジオ番組『小堀勝啓のわ!Wide とにかく今夜がパラダイス』放送開始(~1989年9月終了)。パーソナリティーの小堀勝啓アナによる軽妙な番組展開で全国的な人気を博す。
- 1986年4月 - 文字多重放送(コールサイン:JOAR-TCM)開始。
- 1989年7月 - KDD(現在・KDDI)の協賛により、世界デザイン博覧会の公式FM局「FM DEPO」を開局。
- 1989年10月 - 平日夕方17~18時台のテレビ番組編成を大幅再編。全国ネットのニュース番組『JNNニュースコープ』を含め、『CBCニュースワイド』、新番組である『時代塾』『SHINSEN通信』の計4番組を内包するワイド編成『CBCニュース通り』を創設(~1990年3月)。
- 1990年3月26日 - 『ニュース通り』枠の撤廃に伴い、『時代塾』『SINSEN通信』の2番組を統一、平日夕方17時台に1時間の情報番組『ミックスパイください』をスタート(~1999年3月26日)。メイン司会には「時代塾」に引き続き小堀勝啓アナを起用。アシスタントに全国で活躍するタレントを起用するなど、ローカル番組らしからぬキャスティングに注目が集まり一躍人気番組となる。
- 1992年4月 - AMステレオ放送開始。
- 1993年10月4日 - 平日朝のラジオ番組が大幅改編され、21年にわたり放送された『ラジオ朝市』が終了。代わって、現在も続く朝9時~の3時間のワイド番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』がスタート。リスナー・パーソナリティー一体となっての「双方向型ラジオ番組」として東海地区で一、二を争う人気長寿番組へと発展。
- 1996年4月 - それまでは3年で契約が更新される嘱託社員扱いとなっていた女性アナウンサーに正社員制導入。1999年までに同局在籍の全女性アナウンサーの雇用契約が正社員に切り替わる。
- 1997年9月28日 - 完成したばかりのナゴヤドームで大クイズ大会『超Q in DOME』を開催(なお、この模様はラジオ・テレビ同時生放送の予定だったが、同時生放送決定後に急遽TBS系全国ネットで1998 FIFAワールドカップ・アジア予選(最終予選)日本vs大韓民国の実況中継が14時から入ったため、テレビでは当日13時から冒頭1時間のみ生放送され、翌週に完全版という形で録画放送された。ラジオでは予定通り生放送された)。
- 1998年7月1日 - 川島ラジオ中継局開局(639kHz 500W)。中継局開局まで夜間の受信が不安定だった、尾張北部~岐阜西濃地区の受信状態が改善した。
- 1998年11月 - CBC放送センター完成。報道・スポーツ・制作・技術・ラジオ部門などを移転。
- 2002年3月1日 - 新城ラジオ中継局開局(1557kHz 100W)。
- 2003年12月1日午前11時 - 地上デジタルテレビジョン放送を開始。
- 2005年2月 - ZIP-FMとの共同運営により、愛・地球博(愛知万博)公式FM局「FM LOVEARTH」を開局。
- 2005年10月3日 - 万博公式FM「FM LOVEARTH」の流れを汲み、『LOVEARTH』と『AM LOVEARTH』の放送を開始。さらに2005年11月26日、CBC本館1階にイベントスペース「CBC LOVEARTH」がオープン。
- 2007年3月末日 - アナログテレビ放送波を利用した独立文字放送を終了(字幕放送は継続)。
- 2009年2月 - ラジオ親局(長島ラジオ送信所)の改修工事に伴い、深夜0時~4時まで放送休止。1日-28日まで
- 2009年3月31日 - 名古屋駅西口(太閤口)地下街「エスカ」で当局を含む在名AM局の再送信を開始。これによりAMラジオの受信が可能な地下街が名古屋地区で初めて誕生。
(出典:Wikipedia)