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日本の正教会は19世紀半ば以来の歴史を持つ<ref>中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』岩波書店〈岩波新書〉、1996年、ISBN 9784004304586</ref>。
発足間もない時代、日本の正教会はニコライ・カサートキンら神品を最初に派遣したロシア正教会の指導下におかれていた。19世紀半ばに函館から始まった日本正教会の伝道は、明治末には日本全国におよび、北海道・東北・東京・関西・九州を中心に教会が建てられた。主にロシアからの資金援助により、東京神田に壮麗な大聖堂:ニコライ堂も建設された。しかし1917年のロシア革命によりロシアからの資金と宣教の両面での援助が断たれたことから、日本の正教会は苦しい立場におかれた。加えて、ロシア政府と教会の関係に厳しい目を向けていた日本政府は、ロシアの共産化以後、さらに正教会を厳しく監視するようになる。このため第2代日本府主教であるセルギイ府主教は、政府の圧力により退位を余儀なくされた<ref>府主教セルギイ『東京復活大聖堂と関東大震災』府主教ダニエル監修、正教時報社、2002年 (ニコライ堂ほか各地正教会で入手可能)</ref>。
また、関東大震災で東京復活大聖堂(ニコライ堂)も含む東京市内のほとんどの教会が破壊された。資金難の困難な情勢の中でニコライ堂は再建されたが、他の東京市内の教会の殆どは再建されず、東京市内の教会は神田の東京復活大聖堂の教会に再編された<ref>牛丸康夫『日本正教史』日本ハリストス正教会教団府主教庁、1978年</ref>。
第二次世界大戦後日ソの外交関係が途絶しアメリカを中心とする連合軍が日本に入ると、日本の正教会はアメリカ合衆国に所在する正教会(アメリカ正教会の前身)の管轄下に一時的におかれた。アメリカから高位聖職者が来日し、日本の正教会の指導に当たった。また日本からニューヨークのウラジーミル神学校に多数の若い神学生が留学した。その後、1970年に日本教会はモスクワ総主教庁の庇護下で聖自治教会となり、自身で主教を選出する権限を得た。東京、仙台、京都が主教座教会となっている。また、ロシア正教会の直接の管轄を継続すべきとするグループは「モスクワ総主教庁駐日ポドヴォリエ」に再編成された。紆余曲折があったが、現在では日本正教会と駐日ポドヴォリエの関係は良好である。