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マニ教は3世紀のバビロニアでマーニーによって創始された宗教であり、グノーシス主義、ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教、仏教などを統合・混淆し、ササン朝ペルシャで栄えた<ref>マニ教については、ミルチア・エリアーデ『世界宗教史Ⅱ』荒木美智雄・奥山倫明訳、筑摩書房、1991年、第231-234節を参照。また山本由美子『マニ教とゾロアスター教』(世界史リブレット4)山川出版、1998年、ISBN978-4-634-34040-4なども。</ref>。マニ教はペルシャ国外に広く伝播して成功した世界宗教でもある。ローマ帝国内ではシリアや北アフリカから入ってスペイン、ギリシャ、イタリアへと広がりキリスト教と衝突し、激しい論争が交わされた。ローマ帝国下でこの2宗教はときには同じようなものとみなされて同時に弾圧もされている<ref>山本由美子『マニ教とゾロアスター教』山川出版、1998年、p.29,61-64</ref>。キリスト教神学の大成者であるアウグスティヌスも青年時代にはマニ教の信者(聴聞者)であったが、後にキリスト教に回心してマニ教を論難する書物を著した<ref>山本由美子『マニ教とゾロアスター教』山川出版、1998年、p.62-63</ref>。マニ教のバックボーンとなるグノーシス主義はキリスト教神学の中では異端であり、マニ教が教えるアダムやイエスのグノーシス主義的解釈はキリスト教の教義としては受け入れられるものではなかったのである。キリスト教がローマ帝国で国教化されると、他の宗教と同様に西方のマニ教も衰退した。しかし、7世紀にアルメニアで栄えたパウロ派と、10世紀にブルガリアで栄えたボゴミル派は、マニ教のテーマの一部を復活させたものと見ることができる<ref>ミルチア・エリアーデ『世界宗教史Ⅱ』荒木美智雄・奥山倫明訳、筑摩書房、1991年、p.417</ref>。