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豊橋駅-復興から発展へについて調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
8.歴史
8.1.復興から発展へ

空襲で焼け落ちた豊橋駅はバラック小屋を仮駅舎として復興したが、利用者は一日あたり数万人と多く、早期の駅舎復興が望まれていた。民間が一定の出資をすることで、ようやく建設が決まった。こうして1950年に全国初の民衆駅が誕生し、駅ビルが普及するきっかけとなった。

駅舎の1階には民間施設として、理髪店、果実店、雑貨店、化粧品店、菓子店、薬店、玩具店、飲食店、ちくわ店、喫茶店、食堂、靴磨き店、公共施設として、手荷物一時預かり所、巡査派出所、観光案内所、公衆電話、弘済会などがあった。2階には市民出資の百貨店があった。駅舎復興と同時期に駅前も整備された。市電のりばを囲んで商店、運送店、倉庫などが雑居していた場所を、整備・拡張することで駅前広場がつくられた。広場中央には貯水池が設けられた。

かつて豊橋駅の北側に踏切があったが、それが戦後の駅周辺の発展を妨げていた。そこで跨線橋(城海津跨線橋)が作られることになった(当時、踏切周辺に商店街があり、建設には強い反対があった)。開通後(1948年)交通の障壁は取り払われ、駅周辺の復興・発展に寄与した。

1970年に当時の市長、河合陸郎が社長となり駅ビルとして建て替えられた。一方で、駅前の地下道が整備された。整備以前は、複雑な横断歩道を多くの人が利用していたため不便を強いられていた。当初は地下商店街の形式で計画されたが、豊橋の人口規模に適さないということで、交通の混乱解消のための地下通路と、駅東西連絡通路が整備されるにとどまった。

(出典:Wikipedia)

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