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カーペンターズは1974年には新しいアルバムを発表しなかった。リチャードはこれについて「単に時間がなかったから。アルバムを作る気分にもなれなかったし」と語っている<ref name="cr137">』に収録されていたものだが、カーペンターズはそのLPをリリースした2年後になってからこの曲をシングル・カットすることを決めたのである<ref name="officialsitewontlastaday">http://www.richardandkarencarpenter.com/SN_IWon'tLastADay.htm</ref>(http://www.richardandkarencarpenter.com/SN_IWon'tLastADay.htm</ref>);。1974年3月、そのシングル・ヴァージョンはビルボード・トップ100チャートの11位に達し、アルバム『ア・ソング・フォー・ユー』からの5番目のトップ20ヒットとなった。
一方、同1974年には『ナウ・アンド・ゼン』に収録されたハンク・ウィリアムズの「"'') をシングルとしてリリースしている。
1975年はまだ彼らにとって大豊作の年であった。</ref>。このシングルはまた、カレンとリチャードにとっての12番目のアメリカでのミリオンセラーにもなった<ref name="wikidiscography"/> 。
「プリーズ・ミスター・ポストマン」に続き、春にはリチャードとジョン・ベティスの共作「オンリー・イエスタデイ」 (''"</ref>。
1975年の上半期に成功を収めたこの2曲はいずれも1975年のアルバム『の「ソリテアー」 "Solitaire" のカヴァーを収録しており、これらも同じ年に中ヒットを記録した。ただし、以降彼らのレコード・セールスは次第に下降線を辿り始めた。『緑の地平線』はプラチナム・アルバムに認定されたが、その後(アルバムからの2枚目のシングルがチャートから消えて以降)カーペンターズにとっては初めてマルチ・プラチナムに達することのなかったアルバムとなった。
1976年6月11日に発売された次のアルバム『"'' 、カレンの最も好きな曲といわれる)はビルボード・ホット100では25位にとどまったが、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは「見つめあう恋」に続き14枚目となる1位を獲得した。これは同チャートの歴史上他に類を見ない記録となった。
彼らの功績の1つとして数えられることは少ないが、カーペンターズはアメリカでは最も早く自分たちのレコードの宣伝のためにミュージック・ビデオを制作したグループの1つである。1975年の初めに、彼らはディズニーランドで「プリーズ・ミスター・ポストマン」の演奏を撮影しているほか、「オンリー・イエスタデイ」 ("") をハンティントン・ガーデンで収録しているが、ここでのカレンは健康で調子良さそうに見える。しかし、1年後に撮影した「見つめあう恋」のビデオに出演した時には目に見えて違いが表われるようになっていた。
1977年ごろはディスコ・ブームの真只中であり、カーペンターズや</ref>。
リチャードは『パッセージ』のもう1つの曲「想い出にさよなら」はきっと成功するに違いないと感じていたため、A&Mにシングルでのリリースを決断させた。この曲は"'' で観ることができる。
国内チャートでの成績はやや振るわなくなってきたとはいえ、カーペンターズはまだ人気には恵まれていた。1978年の初めには、アップテンポで"''( が発売されてその季節の人気作品となり、勢いの衰えはじめたこの時期にあっては例外的な売れ行きを見せて、カレンとリチャードにふたたびプラチナムをもたらした。