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2.歴史
2.4.再独立と再植民地化
しかし、ボワイエの独裁とハイチの植民地支配に反発する勢力は次第に大きくなっていき、ボワイエが失脚した後の1844年2月27日、フアン・パブロ・ドゥアルテ、ラモン・メーリャ、フランシスコ・デル・ロサリオ・サンチェスに率いられた革命軍がハイチ人を一掃し、翌1845年ハイチより独立してドミニカ共和国となり、ペドロ・サンタナ将軍が初代大統領に就任した。
しかし、相次ぐハイチとの戦争に耐えられなくなると、保守派の利害を代表したサンタナは1861年に再度スペインに併合を申し入れ、自身はサント・ドミンゴ総督に就任した。しかし、この屈辱的な措置はドミニカ国民を激怒させ、ハイチ人と結んだドミニカ人自由派がスペイン人に対する独立戦争を激化させ、結局1865年に独立を再び果たした。しかしハイチの脅威は大きく今度は二度に渡ってアメリカ合衆国への併合を求め、グラント合衆国大統領も乗り気だったものの、合衆国上院に拒否された(この事情は中米連邦崩壊直後のエル・サルバドルや同時期のキューバとも似ている)。1875年にようやくハイチとの平和条約が結ばれ、独立国家としての道を歩むことになった。
(出典:Wikipedia)
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