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2.歴史
2.3.ハイチの占領
その後一世紀近くスペイン領内では停滞が続いていたが、サン=ドマングで起きていたハイチ革命の波及や、フランス革命戦争最中の1795年にバーゼルの和約が結ばれた結果、イスパニョーラ島全島がフランス領(=サン・ドマング領)となるが、幾度かの変遷を経て1801年にサン・ドマングの軍人トゥーサン・ルーヴェルチュールの攻撃により最終的に占領され、黒人奴隷が解放された。トゥーサンはイスパニョーラ総督として島を統治するつもりでいたが、ナポレオン軍の侵攻により、トゥーサンが捕らえられ、獄死すると、ハイチ革命の指導者は1804年にフランス軍を破ってハイチと改名し、サン=ドマングと共にサント・ドミンゴもハイチの一部として独立した(ハイチはアラワク族の言葉で山がちな土地を意味する)。
しかし、1809年にサント・ドミンゴは再びスペインの支配下に戻り、その後の1814年、パリ条約で再び東側は正式にスペイン領となるが、折からシモン・ボリーバルやホセ・デ・サン=マルティン、ホセ・アルティーガスらによってラテンアメリカで進められていた解放戦争の中で、サント・ドミンゴのクリオージョにも独立の気運が高まり、1821年11月30日にスペイン人ハイチ共和国として独立した。この政権はシモン・ボリーバルの指導するコロンビア共和国への加入を求めたが、王党派と独立派での間で内戦になり、その隙を突かれて1822年1月には再び隣国ハイチのジャン・ピエール・ボワイエに占領された。
(出典:Wikipedia)
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