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スマトラ島のパレンバンは蘭印最大の油田であり重要な攻略目標であった。パレンバンはムシ川の河口からおよそ100キロの内陸に位置するため、上陸用舟艇による攻撃では川を遡上している間に油田設備を破壊されるおそれがあり、これを避けるためにはまず空挺攻撃によって油田設備を奇襲占領し、次いで地上部隊をもって確保する作戦が望ましいと考えられた。こうして第1挺進団(団長:久米精一大佐)が空挺降下し第38師団主力(歩兵第229連隊基幹、兵力 12,360名)が支援する陸軍最初の空挺作戦が立案された。ただし、第1挺進団は挺進第1、第2連隊を有していたものの、挺進第1連隊は1月3日に乗船「明光丸」が積載品の自然発火を起こして沈没し、人員は護衛の駆逐艦に救助されたが兵器資材の全てを失っていた。このため空挺降下は挺進第2連隊の329名のみで実施されることになった。
2月14日、降下部隊第1悌団はマレー半島を飛び立った。陥落直前のシンガポールから立ち上る黒煙がはるか南までたなびき視界は不良であった。11時30分、部隊はパレンバンの市街地北方10キロにある飛行場の東西両側に降下し、同時に久米大佐を載せた部隊長機が湿地帯に強行着陸した。飛行場からは守備隊の高射砲が火を噴き、スピットファイア5機も発進したが、飛行第64戦隊(加藤隼戦闘隊)の一式戦闘機が応戦し1機を撃墜、他を撃退した。降下部隊は逐次集結しつつ飛行場へ殺到したものの、投下した重火器・弾薬が入手できず携行した拳銃と手榴弾のみで戦闘せざるを得ない兵士も多かった。市街地からは連合軍の装甲車部隊約500名が到着し激戦となったが、降下部隊は21時までに飛行場を確保した。
翌15日午後 第2悌団がパレンバン市街地南側の湿地に降下し、第1悌団と協力してパレンバン市街に突入、同市を占領した。戦果としては石油25万トン、英米機若干、その他の兵器資材を鹵獲し、放火により製油所工場の一部に火災が発生したものの大規模破壊は避けられた。死傷者は、降下人員329名中、戦死39名、戦傷入院37名、戦傷在隊11名であった。第38師団主力も14日にバンカ島に到着、15日に先遣隊がパレンバンに到着した。師団主力は18日にパレンバンに到着、周辺地域を確保し作戦目的を完全に達成した。