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東京都江戸川区のリトルリーグ出身。リトルリーグ時代にNHK教育テレビジョンの『天才てれびくん』に出演した経歴がある<ref>【松坂大輔物語 120億円を生んだ遺伝子】 日刊ゲンダイ 2007年4月12日閲覧</ref>。
横浜高校時代は、「サボリのマツ」と言われるほどの練習嫌いであったが<ref>参考文献:江夏豊『松坂大輔へ 江夏豊からのメッセージ』中央公論新社、2000年</ref>、2年次の夏の甲子園県予選での対横浜商業高校戦で、自身の暴投によるサヨナラ負け以来奮起し、MAX152km/hの豪速球・切れ味鋭いスライダー、カーブ、チェンジアップを武器に超高校級の投手として「平成の怪物」と注目を浴びた。 またバッテリーを組んでいた捕手は、入学時に現在俳優の上地雄輔、上地の引退後は小山良男だった。
1998年の第70回選抜高等学校野球大会ではすでにずば抜けた完成度の投球と小山、後藤武敏、小池正晃らチームメイトの活躍で他校を寄せ付けず優勝。最後の夏となった第80回全国高等学校野球選手権大会では、準々決勝で上重聡を擁するPL学園を相手に延長17回という長丁場の試合に250球を投げ完投勝利。翌日の準決勝、明徳義塾戦でも1イニングに登板し、逆転劇を呼び込む。
決勝戦では、嶋清一以来59年ぶり史上2人目となる決勝の京都成章戦ノーヒットノーランという快挙。圧倒的な活躍で春・夏連覇を達成した。また、新チーム結成後、1997年秋季県大会ブロック予選から翌年国体決勝まで、公式戦44連勝を記録した。
1998年度新人選手選択会議では、指名順位1位で西武ライオンズ、横浜ベイスターズ、日本ハムファイターズの3球団が競合の末西武が交渉権を獲得(ハズレ1位として横浜は古木克明、日本ハムは實松一成を指名)。当初ドラフト直後の会見では、「自分の意中の球団は横浜ベイスターズでした」と語っていたが、西武へ入団した。