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1945年9月3日敗戦に伴い、米軍が富津・館山に上陸県内各地に展開し、武装解除と日本軍施設及び一部の公共施設が」を参照。
県内各地で、食糧難から買出し者が集まり、闇市が自然に発生する。戦中から戦後にかけて東京方面などから多数の空襲被災者が千葉県(主に葛飾地域)に流入し、浮浪者が増加、都市部を中心に治安が一時、悪化する。また、住居不足が深刻化し、被災者用の住居建設や開拓農地開発営団 習志野事業部による習志野開拓や下志津開墾などの救済事業が実施される。
1950年以降、東京湾沿岸の埋め立てをはじめ、県内各地での開発本格化する。東京湾沿いには、京葉工業地域が建設され、重化学工業が発展する。首都近郊県の責務からベッドタウンの開発が進み、いわゆる『千葉都民』が急増する。県内の主なニュータウンとしては、海浜ニュータウン、成田ニュータウン、千葉ニュータウンなどがある(千葉県のニュータウン一覧)。また、東京に近い好立地を活かして、湾岸沿いを中心に谷津遊園(1925-1982)、船橋ヘルスセンター(1955-1977)、マザー牧場(1960-)、東京ディズニーランド(1983-)などの大規模レジャー施設が数多く誕生した。
1978年には新東京国際空港(現在の成田国際空港)が開港、1989年には幕張メッセがオープン。周辺地域は大きな発展を遂げた。しかし、その反面戦前まであった房総らしい風景や情緒など観光資源の数多くが失われてしまったという意見も若干ながらあり、『三番瀬埋め立て問題』が発生し、堂本暁子知事の時に臨海部の埋め立てが中止された。また、千葉県では、成田空港の存在と東京近郊の立地を生かし、『観光立県ちば推進ビジョン』を作成し、『花と海』をテーマにイメージアップを図ろうしているが、インパクトが無いという意見も依然存在する。 1997年には、東京湾アクアライン(木更津-川崎間)が開通、半島の流動性が高まり、今後の発展のための布石となるかどうか注目されている。
経済発展の一方で、日本各地において、公害が発生し、社会的に大きな問題となった。千葉県も例外ではなく、1950年代以降の急激な開発による人口増加と未熟な行政政策<ref>当時は、建築基準法などにも公害防止のための基準などがなく、4大公害の発生に伴い1967年8月3日に公害対策基本法が制定された。</ref>、 環境技術の未発達のため、生活排水や工業排水、農薬などが、県内各地の河川や沼<ref>特に汚れている県内の沼:手賀沼・印旛沼</ref>などに流入、東京湾などでは、水質汚染が一時、深刻な問題となり、海洋資源にダメージを与えた。また、工場による工業用水の地下水を過剰汲み上げした事による地盤沈下が深刻化し、船橋市では昭和49年に「地盤沈下非常事態宣言」を発令する。マイカーブームによる排気ガスの増加や、工場などから排出される煙などによる、光化学スモッグ、ゴミ焼却によるダイオキシン問題等の大気汚染などの環境問題も深刻化した。近年においては、印旛地域などを中心に産業廃棄物や感染性医療廃棄物、硫酸ピッチなどが田んぼや山林に埋められるなどの、不法投棄も問題になっている。このため、千葉県では、環境系のNPOや市民団体を積極的に支援したり、平成20年に千葉県環境基本計画を制定するなど環境方面に力を入れる傾向が見られる。
また、県民の生活にも大きく影響を与えており、開発の中では、強いニーズ(東京近郊都市の住宅供給の義務・大規模工場や企業の誘致に伴う臨海部の埋め立て・飛行場開発・ゴルフ場開発など)や不動産高騰などによる、有効的な土地利用のあり方など、土地所有者・デベロッパー・行政などの意見や思惑の違いから不信感が生まれ、禍根を残す事も多く、県内で代表的な事例を挙げると成田国際空港建設による「三里塚闘争」などが挙げられる。近年では、周辺住民の意見も無視出来ず、市川などの都市部では日照権や景観、防災上の理由からマンション建設反対運動もいくつか起きている。
成長期の段階的な一斉開発・入植によって住民構成が、積層化されてしまい、人口に偏りが生じ、常盤平団地などに代表されるように地区において集団高齢化が進んだり、浦安市のように今後、少子高齢化のため、極端に小学校などの教育施設が余剰する一方で、福祉施設が不足するなどのケースもある。ちなみに最近の八千代市などのように東葉高速鉄道沿線の開通に伴い急速な都市開発が行われ発展期を迎えている地域も存在し、逆に教育施設の不足が問題となっているが、今後、先に述べた松戸や浦安のようになる可能性が指摘されている。
その他に、あまり表面上では見えないが、政令指定都市をはじめとした開発が盛んに行われた都市の郊外では、入植時期や入植経緯の異なる住民が同じ地域に同居する形となり、町内活動が活発でない地域や住民の家庭構成によっては、コミュニティが希薄化するなど、住民の意識間にズレや溝がある場合もある。以上のような現象は、地方分権の体制が比較的維持されていた戦前の千葉県には、あまり見られなかった社会形態である。(但し、このような状況は、一部の人口密集圏周辺に共通する。)
地域ごとの問題も数多くあり、具体例としては、浦安市、市川市、船橋市、鎌ケ谷市<ref>船橋市においては、道路の整備率は、計画段階の4割以下で、都市計画道路も多くは、完成していない状況である。</ref>などの東葛地区でよく話題となる道路問題が挙げられる。
これは、
- 高度成長期の急激な民間開発の速度と行政側の道路整備能力の違い・当時の法政上の理由から、中規模開発の規制が困難で、狭い農道をそのまま、舗装した道が多くつくられたこと。
- ハウスメーカーなどによる住宅地のブロック開発(旗竿敷地の開発)に伴い、行き止まりの道が多くあること。
- 鉄道の踏切箇所が多いこと。(特に踏切の影響については、北総地域でも沿岸部の鉄道が比較的に発達している地区で目立つ)
- 古い集落(敷地割)の存在と古くからの歩車共存の概念の影響をうけたこと。
- 都会と田舎の混在に伴う車の保有率の高さ。(郊外型のショッピングセンターの存在など都市部に住んでいても車の必要性が高いこと)<ref>千葉県の道路事情が良くないのは、近代になってからの交通整備の経緯が大きく関係する。千葉県には、戦前から(鉄道連隊の存在や観光・物資輸送等の目的から)盛んに鉄道交通網が進められ、現在では鉄道県と称されるほど多くの鉄道路線が存在し、交通手段の中心を担っている。しかし、これは逆に道路交通より、鉄道交通を優先して発展してきたことを意味しており、1950年代以降から始まった開発では、鉄道会社や公団を中心に駅前開発が進められ、都会が生まれた。逆に農家が居住している地域は取り残され、道路交通が中心となっている。</ref>
などに起因し、生じた問題であり、開発が殆ど終わった今日では、道路の拡張や都市計画道路の整備を進めようにも計画上の地点には既に建物があり、用地買収も困難なのが実情である。このため、緊急車両の通過が困難だったり、交通事故の危険性が高く、府県別事故率ランクでは、上位5位以内に入る。ちなみに交通渋滞が名物化している。また、これらの地域では、下水道整備などのライフラインの整備の遅延や住宅の密集化による防災上の問題もあわせて発生している場合が多い。(ただし、このような状況は、一部の人口密集圏周辺に共通する。)
ほかにも、地方の過疎化(印旛及び房総半島周辺)や都市部(東京湾沿いの臨海地域周辺)の高齢者増加に伴う福祉の問題、など今後、解決しなければいけない課題が山積であるが、これに加え、財政難も重なり、千葉県をはじめとする県内の各市町村では、解決策の糸口を『まちづくり』・『市民協働』という言葉に求める傾向がある。(ただし、このような傾向は、全国的に共通である。)
だが、新たに開拓された天然ガスなどの天然資源や近年、注目されているバイオ燃料の生産のための研究も行われるなど、新たなエネルギー産業の育成も試みられている。また、市民ベースだが、エコツアーやアグリツーリズム、使用されなくなった農耕地を利用した市民農園やクラインガルテンを設置など、地域風土(自然環境や農業・漁業等の地場産業)を活かした新たな体験型観光ビジネスモデルに関しての模索も行われている。そのほかにも従来の近郊農業に加え、農産物や酪農、林業などの分野に関する研究も行われており、新たなブランド品種の開発も試みられている。