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8.人物評
- 首相就任以来毎日通常2回、官邸で総理番記者の質問(ぶら下がり)に立ち止まって答えた(小泉以前の首相は答えない場合もあったり、質問に答える場合でも歩きながらという慣習であった)。
- YKKでは、人徳の山崎、政策の加藤に対比して、政局の小泉と評された。
- 1998年の自民党総裁選に出馬した際田中真紀子は小泉を変人と評した(総裁選で選ばれた際の真紀子の演説では「変人の母でございます」)。以後このニックネームが定着したが、このとき本人は「『変人』とは『変革の鉄人』のことである」と述べている。2005年の郵政解散の折には、参議院での法案否決による衆議院解散を思いとどまるよう説得に訪れた森喜朗に「変人以上」と評されている。
- 「自民党をぶっ壊す」「私の政策を批判する者はすべて抵抗勢力」と宣言して総裁選に勝利、発足時の内閣支持率は戦後最高を記録した。一部では「ナチズム」「ブーランジスム」と揶揄される程の驚異的支持率であった。
- 2001年9月の臨時国会における所信表明演説ではチャールズ・ダーウィンの進化論を経済社会にも取り込むよう発言した(欧米では、かつてヒトラーが進化論を演説に取り込んだことから、演説に細心の注意が払われる傾向にある)。
- 田中真紀子(当時外相)の更迭時には支持率が急落するものの、終始40%以上の支持率を保ち続けた。
- 「聖域なき構造改革」として、国民に対して痛みを伴う改革を主張した(野党には「痛みしか伴わない」と批判された)。
- 衆議院選挙における小選挙区比例代表並立制に一貫して反対し、選挙の際は重複立候補していない(2005年の郵政選挙では一時期自身の重複立候補が決まりかけていたが、最終的に取りやめとなった)。1996年の衆院選で当選が決まったあと、選挙事務所からTV中継されたインタビューにおいても「選挙区で落選した議員が比例区で当選するというのはおかしい。だから私は重複立候補はしない」と述べている。ただし、2005年の選挙では比例代表並立制を活用して新人議員を多数当選させている。
- 靖国神社に参拝する理由を問われると一貫して「心の問題」と押し通した。他方で政教分離原則に反すると議論を呼んだ。ただし、総裁就任以前には参拝の習慣は無かったようで、靖国参拝は日本遺族会からの支持を期待しての公約だったとの見方もある。
- 2001年の総裁選においては田中真紀子から出馬を強く勧められたことを明かし、「立ちなさいと女性から言われて、男として立たないわけにはいかない」と挨拶した。
(出典:Wikipedia)
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