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1.経歴
1.4.加藤の乱
2000年、青木幹雄、野中広務らの支持により幹事長だった森喜朗が総理・総裁に就任。小泉は清和政策研究会(森派)の会長に就任した。
この総理就任の経緯は密室談合と非難され、森の旧来政治家的なイメージも相まって人気がなく、その上に失言が次々とマスコミに大きく取り上げられ、支持率は急落した。2000年11月には遂に18.4%を記録する。これに危機感を抱いた反主流派の加藤紘一・山崎拓は、公然と森退陣を要求し始めた。加藤と山崎は、自派を率いて、野党の提出する内閣不信任案に同調する動きを見せた。一方、小泉は森支持の立場を明確にし、党の内外に加藤・山崎の造反を触れ回った。
加藤はマスコミに積極的に登場して自説を主張し、普及し始めたインターネットを通じて世論の支持を受けたが、小泉ら主流派は猛烈な切り崩し工作を行い、加藤派(宏池会)は分裂、加藤・山崎は内閣不信任案への賛成を断念した。これにより、総理候補と目された加藤は大きな打撃を受け、小泉は党内での評価を上げた。
(出典:Wikipedia)
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